「なぜ売らない?ふざけるな!」ロレックスマラソンで行列する“カスハラ時計愛好家”→接客ストレスで店員が辞める異常事態Photo:Kevin Carter/gettyimages

「ロレックスマラソン」。高級時計のロレックスをいち早く入手するべく、正規販売店を毎日のようにハシゴする行為だ。SNSなどでは「売ってもらうための攻略法」が出回っているが、「隠しているロレックスを出せ」とばかりに訪問を繰り返される店舗側にとっては大きな負担である。中には心を病み、退職するスタッフもいるという。悪質な時計愛好家の実態と、「マラソンランナー」が知らないロレックスの真の魅力を、経験豊富な時計ジャーナリストが解説する。(時計ジャーナリスト 渋谷ヤスヒト)

「ロレックスマラソン」の対応に苦慮し
店員が心を病む異常事態

「ロレックスマラソン」という言葉をご存じだろうか。時計に詳しくない方は聞き慣れないかもしれないが、時計愛好家、特にコレクターの方であれば、一度は耳にしたことがあるはずだ。

 ロレックスマラソンとは、スイス製高級時計「ロレックス」を少しでも早く購入する目的で、正規販売店を毎日のように訪れ、なおかつ複数の店舗をハシゴする行動のことだ。「マラソン」というネーミングは、複数の店舗を次から次へと歩き回ることから名付けられたと思われる。

 できるだけ毎日、ロレックスの正規販売店の売り場をハシゴして、各店舗のスタッフと仲良くなる。そして「顔見知りで感じの良い常連客」として振る舞い、一見(いちげん)のお客よりも優先的に時計を購入させてもらう。これがロレックスマラソンの「ランナー」の狙いである。

 だが、こうしたマラソンが行われているのは世界でも日本だけだ。筆者は時計ジャーナリストとして30年以上、高級時計王国スイスの時計業界を取材してきた。ロレックスはもちろんのこと、「カルティエ」「オメガ」「パテック フィリップ」といったブランドのVIPや伝説的な時計師たちに取材したこともある。

 彼らにロレックスマラソンの話をすると、誰もが「本当なの?」「信じられない!」と驚く。そもそもマラソンどころか、ロレックスの店舗の前に行列ができることすら、日本以外の国ではあり得ない話なのだ。

「なぜ売らない?ふざけるな!」ロレックスマラソンで行列する“カスハラ時計愛好家”→接客ストレスで店員が辞める異常事態Photo:Bloomberg/gettyimages

 先日来日した、スイスの新進ブランドの若い副社長は、インタビューの席で冗談交じりにこう語っていた。

「本当に行列ができているか気になって、名古屋のロレックス専門店を訪れたら、本当に人が並んでいてびっくりした。だからスマホで撮影して本社のスタッフにSNSで送ったよ」。

 これが笑い話で済めばいいのだが、実は予約なしでフラっと販売店を訪れ、毎日のように在庫の有無を尋ねてくるランナーの存在がストレスとなり、店員が心を病んでしまう問題が勃発しているのだ。

 本稿では、そうした悪質なランナーの実態を解き明かしていきたい。