【家族が地獄】登山で“行方不明”になったら始まる「7年の悪夢」とは?
「失踪宣告」という民法の制度を、試験用のマイナー知識くらいに思っていませんか。私たちの人生に直結する重いルールで、宅建試験にも出題されたことがあります。記事の書き手は棚田健大郎氏。1年間必死に勉強したのに宅建に落ちた経験をきっかけに、「勉強が苦手な人でも続けられる方法を作ろう」と決意。棚田さんの勉強法をまとめた『大量に覚えて絶対忘れない「紙1枚」勉強法』の刊行を記念して、本記事をお届けします。

【家族が地獄】登山で“行方不明”になったら始まる「7年の悪夢」とは?Photo: Adobe Stock

登山で“行方不明”になったら始まる「7年の悪夢」とは?

「失踪宣告」という民法の制度を、試験用のマイナー知識くらいに思っていませんか。実はこれ、私たちの人生に直結する、とんでもなく重いルールです。「知らなかった」では本当に済まされません。

どんな問題が出たのか?

 令和4年の宅建試験では、この失踪宣告をテーマにした民法の問題が出題され、多くの受験生を凍りつかせました。不在者Aに失踪宣告が出て、その相続人Bが土地をCに売却し登記まで完了。その後、生きていたAが現れて失踪宣告の取消しを求めた――という事案です。

 ここでポイントになるのが、「失踪宣告が後で取り消されても、その前に“善意で”行われた行為は守られる」というルールです。売買のような契約では、当事者双方が善意であることが必要で、双方が善意のときだけ、Cの所有権取得が保護されます。条文の知識として押さえるだけならここまでで十分ですが、本当に大事なのは、この制度が現実の生活に与える影響をイメージできるかどうかです。

そもそも失踪宣告とは?

 そもそも失踪宣告とは、従来の住所などを去って容易に戻る見込みのない人について、生死が一定期間分からないときに、家庭裁判所が「法律上、死亡したものとみなします」と宣告する制度です。普通失踪は7年間、戦争や遭難など命の危険が極めて高い状況(危難失踪)の場合は1年間、生死不明が続くと、申し立てにより失踪宣告が出され、その時点で相続や保険など多くの法律関係が一気に動きます。

 ここで問題になるのが、「行方不明のまま、しかし法律上はまだ生きている扱い」の期間です。この期間が長引くほど、残された家族の生活はじわじわと、しかし確実に追い詰められていきます。

住宅ローンへの恐ろしい影響

 典型的な例が住宅ローンです。ローンを組んだ本人が“死亡”した場合、ほとんどは団体信用生命保険(団信)に入っているので、残債は保険金で一括返済され、家族はローンから解放されます。しかし山で遭難し、遺体が見つからないまま行方不明になった場合、死亡とは認められません。失踪宣告ができる7年後までは「生きている」扱いなので、団信も下りず、住宅ローンの支払いだけが延々と続きます。

 家を売って整理しようとしても、名義人本人が不在なので簡単には売れません。不在者財産管理人を選任するなどの法的手続きはありますが、精神的にも経済的にも極めて重い負担です。実際、遭難で父親が行方不明になり、住宅ローンと生活費のために子どもが進学を諦めざるを得なくなった、という事例もあります。最初は「生きていてほしい」という気持ちが、やがて「なぜ趣味の登山のせいで家族がここまで苦しむのか」という怒りに変わっていった、といいます。ニュースの一行では伝わらない、その家族の時間の長さと重さを想像してみてください。

生命保険にも影響が!

 生命保険も同様です。普通失踪では、法律上は「生死不明の状態が7年間続いた期間が満了した時」に死亡したものとみなされます。それまでは原則として保険金は支払われません。保障を維持したいなら、保険料の負担も続きます。さらに、失踪宣告後に保険金が支払われた後で、もし本人が生きて戻ってきた場合、その保険金は返還しなければならなくなります。長年の生活費に充ててしまっていたら、家計は一気に破綻しかねません。

 こうした現実を踏まえると、登山、特に遺体が見つかりにくい雪山登山などは、「自分の命のリスク」だけでなく、「家族の生活を何年も揺るがすリスク」を同時に抱えていると言わざるを得ません。もちろん登山そのものを全否定するつもりはありませんが、一家の大黒柱が軽い気持ちで山に入る前には、失踪宣告のルールと、その裏側にある家族の負担を一度は思い浮かべてほしいのです。自分が遭難したとき、家族がどんな手続きに追われ、どんな出費や選択を迫られるのかを想像すると、取るべき備えや行動も自然と変わってくるはずです。

 最近は、捜索費用や捜索用のGPS機器などをカバーする登山保険も出てきています。万一の際の負担を減らす意味では、こうした保険への加入や、単独行を避ける、無理な計画を立てないといった対策は必須です。それでもなお、行方不明になれば失踪宣告とその周辺の問題は避けられません。

 民法の勉強をしていると、条文を「暗記する対象」として見てしまいがちです。しかし、失踪宣告はまさに、法律が現実の人生と直結していることを教えてくれる条文です。試験に合格したあとも、家族を持ち、住宅ローンを組み、保険に加入して生きていく限り、このルールはずっと自分の足元に存在し続けます。知らずに生きるのと、知ったうえで選択するのとでは、同じ行動でも意味がまったく変わってきます。

「人生において超絶重要な民法のルール」として、失踪宣告の存在とその怖さを、ぜひ一度、自分と家族の問題として考えてみてください。小さな知識の差が、いざというとき家族を守れるかどうかの分かれ目になります。

(本原稿は、『大量に覚えて絶対忘れない「紙1枚」勉強法』の著者の寄稿記事です)