「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。企業とユーザーが共同で価値を生み出していく「場づくり」が重視される現在、どうすれば価値ある戦略をつくることができるのか? 本連載では、同書の内容をベースに坂田氏の書き下ろしの記事をお届けする。
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努力が報われた時代の価値観が、
いま揺らいでいる
今年、日本で大きな話題となった言葉の一つに、高市早苗氏の「働いて、働いて…」という発言があります。
賛否はあったものの、この言葉がここまで注目された背景には、日本社会に根強く残る価値観があるように思えます。
それは、「正解は外にあり、とにかく努力し続ければ報われる」という考え方です。
自ら正解を定義することよりも、与えられた枠組みの中で懸命に働く。そうした姿勢は、かつての日本においては大きな強みでもありました。
しかし、この価値観は、AIが前提となった時代においては、必ずしも適合しなくなりつつあります。
海外で注目された流行語「スロップ」
一方、海外で注目された流行語の一つが「スロップ(slop)」です。
スロップとは、もともと粗悪な混ぜ物や家畜のエサを意味する言葉でした。
現在では、とりわけ生成AIによって大量に生み出されたアウトプットの中で、見た目は整っているものの中身が薄く、誰も責任を取らない文章やコンテンツを指して「AIスロップ」と呼ばれるようになっています。
「AIを使えば賢く見える時代は、すでに終わった」
この流行語が象徴するのは、そうした状況に対する静かな警鐘でもあります。
正解がない時代に
「それっぽさ」は最大のリスクになる
AIは、正解が明確な問題に対しては圧倒的な力を発揮します。
一方で、正解そのものが存在しない問いに対しては、どうでしょうか。
どの戦略を選ぶべきか。
この投資は本当に正しいのか。
自分にとって最善の選択は何か。
こうした問いに対して、AIは多くの場合、無難で平均的な答えを返します。整っていて、もっともらしい。
しかし、それ以上でもそれ以下でもありません。そこには「考えた人」がいないのです。
人が判断を止めた瞬間、アウトプットは「それっぽいが、誰も責任を取らないもの」になり、人は知らぬ間に「AIスロップ」を生み出す側に回ってしまいます。
AIの使い方を誤ると、
痛い目を見る
AIスロップの厄介な点は、問題がすぐには表面化しないことです。
AIに提案された内容をもとに、上司は納得し、会議も通り、市場へ導入される。もしかしたらSNSでは評価されるかもしれません。
しかし、いざ成果が問われる局面になると、状況は一変します。
期待した結果が出ず、説明を求められても、「なぜこの判断をしたのか」を語れない。そのとき初めて、判断の主体が曖昧だったことに気づかされます。
AIは判断を助けてくれますが、責任を引き受けてはくれません。
最後に責任を負うのは、常に人間です。
これから必要なのは
「自分で最善手を選ぶ力」
AI時代に求められるのは、「正解を見つける力」ではありません。
重要なのは、選択肢を並べ、それぞれのトレードオフを理解したうえで、不完全であっても自分で意思決定を下すことです。
言い換えれば、常に「自分で最善手を選ぶ力」が問われています。AIは優秀な補助輪にはなりますが、ハンドルを握ることはできません。
意思決定の主体は、あくまで人間です。
「働いて働いて」から、
「考えて選ぶ」年へ
努力そのものを否定する必要はありません。
ただし、「考えずに頑張る」時代は、確実に終わりつつあります。
今年、日本では「働いて働いて」という言葉が象徴的でした。
一方、海外では「AIスロップを見抜け」というメッセージが広がっています。この価値観の差は、来年以降さらに広がっていくかもしれません。
AIに考えさせる前に、まず「自分は何を選びたいのか」を考える。その姿勢こそが、これからの時代における最大の競争力になります。
戦略とは、「正解探し」ではなく
「選択のデザイン」である
最後に一つだけ付け加えるなら、私が『戦略のデザイン』で繰り返し述べてきたのも、まさにこの点です。
戦略とは、正解を当てることではありません。
不確実な状況の中で、何を選び、何を捨てるかを自分で決める行為です。
AIはその思考を助けてはくれますが、代わりに決断してはくれません。だからこそ、AI時代において戦略は不要になるどころか、むしろ以前にも増して「デザインする力」が求められるのです。
来年は、「考えて選ぶ」一年にしたいものです。どうぞ、良いお年をお迎えください。
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。




