「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。企業とユーザーが共同で価値を生み出していく「場づくり」が重視される現在、どうすれば価値ある戦略をつくることができるのか? 本連載では、同書の内容をベースに坂田氏の書き下ろしの記事をお届けする。
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その問いで、本当に前に進めるか
「それ、前例ありますか?」
会議や打ち合わせの場で、こうした言葉を耳にしたことはないでしょうか。
一見すると慎重で、リスクを避けようとする合理的な問いに聞こえます。過去の成功に学ぼうとする姿勢自体は、決して否定されるものではありません。
しかし、この問いが頻繁に出てくる組織ほど、議論が前に進まなくなる傾向があります。その背後には、「正解はすでにどこかに存在しているはずだ」という無意識の前提が潜んでいるからです。
変化の激しい現代において、この前提は成り立ちません。
正解が固定される前に、状況そのものが次々と変わってしまうからです。
前例があるかどうかを判断の基準にしている限り、議論は停滞し、意思決定は先送りされ、やがて環境の変化に置いていかれます。
前例が価値を持つ時代は、すでに終わっている
かつては、前例を踏まえること自体に大きな意味がありました。
業務のやり方が長く変わらず、成功パターンが比較的安定していた時代には、過去の延長線上で考えることが合理的だったのです。
しかし現在は、環境の変化そのものが前提になっています。生成AIの登場によって、仕事のスピードも、判断の質も、業務の構造そのものも、短期間で書き換えられるようになりました。
重要なのは、前例を探すことではありません。
問うべきなのは、
「いま、何が起きているのか?」
「この状況で、どんな仮説を立てるべきか?」
という点です。
これこそが、これからの生成AIの時代に人が担うべき仕事の中心になっていきます。
生成AIが普及することで、前例を踏襲する仕事は、ますます人の手を離れていきます。
だからこそ、まだ答えが定まっていない状況で問いを立て、仮説を描き、試行錯誤しながら前に進むことにこそ、人の価値が残ります。
前例をなぞる姿勢は、その入口に立つ前に思考を閉じてしまう危うさをはらんでいます。
常識を疑うところから、戦略は始まる
では、前例に頼らずに仕事を進めるとは、どういうことでしょうか。
それは、奇抜なアイデアを出すことでも、無謀な挑戦をすることでもありません。
まず必要なのは、自分が当然だと思っている前提を疑うことです。
「このやり方は本当に必要なのか?」
「この情報は本当に変わっていないのか?」
「なぜ、これまでそうしてきたのか?」
その問いを立て直すだけで、見えてくる選択肢は大きく変わります。
今の時代に問われているのは、スキルや知識の量ではありません。むしろ、「自分が正しいと思っている前提を、一度疑えるかどうか」です。
自分の常識を疑い、状況を別の角度から捉え直す。その思考の転換が、結果として大きな差を生みます。
「前例がないからやらない」のではなく「前例がないからこそ、どう考えるか」を問う姿勢、そして正解がない時代に自分の常識を問い直す姿勢こそが、生成AI時代における「仕事ができる人」と「そうでない人」を分ける、静かな分岐点となっていくでしょう。
『戦略のデザイン』では、こうした時代に必要な思考の転換点として、「自分の常識を疑う」という視点を取り上げています。
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。




