「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。企業とユーザーが共同で価値を生み出していく「場づくり」が重視される現在、どうすれば価値ある戦略をつくることができるのか? 本連載では、同書の内容をベースに坂田氏の書き下ろしの記事をお届けする。

【生成AI時代】「いつも決断できない人」が口にする言葉・ワースト1Photo: Adobe Stock

その判断は、誰のためのものか

「他社は、どうしていますか?」

 意思決定の場で、こうした問いが出てくることがあります。慎重で情報感度も高く、周囲の動きを把握したうえで判断しようとする姿勢は、一見すると合理的に見えます。

 しかし、この言葉が繰り返される会議では、議論は競合の事例紹介に費やされ、結論は先送りになりがちです。そして、最終的に選ばれるのは、最も無難で、どこかで見たような選択肢です。

 その判断は、本当に自社のためのものなのでしょうか。

「他社はどうしているか?」が決断を奪う理由

 他社の動きが気になるのは自然なことです。市場において、完全に孤立した意思決定などあり得ません。

 問題は、比較そのものが目的になってしまうことです。

「他社がやっているかどうか」が判断基準になると、意思決定の軸は自社の外側に置かれます。その結果、自分たちが何を目指しているのか、どこで勝ちたいのかという問いが後回しになります。

 比較は安心感を与えてくれますが、同時に責任の所在を曖昧にします。他社と同じことをしていれば、大きく外すことはない。そう考えた瞬間、決断は選択ではなく追随に変わってしまいます。

生成AIは、比較をさらに容易にした

 生成AIの登場によって、競合情報を集めることは格段に簡単になりました。事例の整理、成功パターンの要約、他社比較。こうした作業は、AIが瞬時にこなしてくれます。

 ただし、情報が増えれば増えるほど、判断が難しくなる場合もあります。他社の選択肢が大量に並ぶと、「どれが正解か」を探す思考に引きずられてしまうからです。

 他社の動きをどれだけ知っていても、自分たちがどこで価値を出すのかを決め、そのために何をやらないかを選べなければ、決断は生まれません。

 そして、どれだけ多くの他社事例を並べても、「自分たちは何を選ぶべきか」という問いの答えに、AIは責任を持ってはくれません

戦略とは、他社と違う選択肢を見出すこと

 決断できない人は、能力が低いわけでも、情報が足りないわけでもありません。

 多くの場合、「違うことを選ぶ覚悟」が定まっていないだけです。

 ベンチマーキングは、状況を理解するための参考にはなります。しかし、それを判断の起点にしてしまうと、自社固有の価値や前提は、簡単に後景へと押しやられます。

 戦略とは、本来、他社と同じことをするためのものではありません。自社ならではの選択肢を見出すことに意味があります

 他社の成功事例をなぞることは、学習にはなっても、戦略にはなりません。なぜなら、条件も強みも異なるからです。

 成果を出している組織は、「他社はどうしているか?」よりも先に、「自分たちは、なぜこの選択をするのか?」という問いを持っています。この問いがあるからこそ、決断が可能になるのです。

『戦略のデザイン』では、ベンチマーキングに頼らず、自社の文脈から戦略を組み立てる考え方を整理しています。

坂田幸樹(さかた・こうき)
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。