「自分はもっとできるはずなのに、なぜか評価されない」「会議でがんばって発言した日ほど、帰り道の自己嫌悪がきつい」。認められたい気持ちと、空回りしている不安の間で揺れてしまうことはないだろうか。そんな人に手に取ってほしい一冊がある。「もっと早くに出会いたかった!」と絶賛されている書籍『頭のいい人が話す前に考えていること』(安達裕哉著)だ。本記事では、「頭がいい人に見られたい」という気持ちがなぜ空回りするのかを、本書をもとに考えてみたい。(構成/山守麻衣)
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会議で発言するほど、なぜか空回りする
会議などで認めてもらおうとして、少し無理をして発言したことはないだろうか。
「ここで何か言わないと」と思って口を開く。難しそうな言葉を使ってみたり、他部署の事例を持ち出してみたり。
でも、反応がない。あれ、何いってんだろ。と会議後に反省する。
家に帰ってからも、的外れだったかな、バカと思われたかな……と不安がぐるぐる回り始める。
安達氏は、その空回りが起きる理由を具体的に説明している。
「頭のよさ」は誰が決めるのか
安達氏が最初に突きつけてくるのは、こんな問いだ。
頭のよさは、自分が決めるものではない。
相手が「この人は頭がいい」と認識して初めて、頭のよさとして機能する。
つまり、「頭がよく見られたい」という気持ちが前面に出た瞬間、言葉は相手のためではなく自分のためのものになる。その違和感が、そのまま相手に伝わってしまう。
「賢いふり」は、なぜバレるのか
安達氏は、「賢いふり」について厳しい指摘をしている。
さらにこう続く。
頭のいい人に思われたくて、できる人と思われたくて、一生懸命話す。
一見、うまく話せたように思う。でも、相手の心は動かない。次の仕事が来ない。相談も減る。
その積み重ねで、「浅い人」ポジションが固定されていく。
これが「仕事してるつもりになってるだけの浅い人」の特徴だ。
では、「頭がいい人に見られたい」という気持ちは、捨てるべきなのだろうか。



