量子コンピュータが私たちの未来を変える日は実はすぐそこまで来ている。
そんな今だからこそ、量子コンピュータについて知ることには大きな意味がある。単なる専門技術ではなく、これからの世界を理解し、自らの立場でどう関わるかを考えるための「新しい教養」だ。
『教養としての量子コンピュータ』では、最前線で研究を牽引する大阪大学教授の藤井啓祐氏が、物理学、情報科学、ビジネスの視点から、量子コンピュータをわかりやすく、かつ面白く伝えている。
今回は、鎌田浩毅氏(京都大学名誉教授)に本書の読みどころを寄稿いただいた(ダイヤモンド社書籍編集局)。
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単なる専門書ではない、必読の一冊
藤井啓祐教授の最新作『教養としての量子コンピュータ』は、量子コンピュータの歴史から最先端の研究動向、そして未来の社会への広がりまでをわかりやすく整理した教養書であり、これからの科学技術を考えるうえで必読の一冊です。
量子力学誕生100年という記念的なタイミングで刊行され、量子コンピューティングを社会的「教養」と位置づけ、一般読者にも丁寧に解説されています。
その冒頭は、極めて刺激的な言葉で始まります。
本書は大きく6章に分かれており、まず量子力学の基礎と歴史、そして量子コンピュータが登場した背景を俯瞰的に説明しています。
特に第1章「量子力学一〇〇年史」は、プランクやハイゼンベルクといった物理学者たちの発見を通じて、量子理論がどのように現在のテクノロジーにつながってきたのかを丁寧に追っています。
続いて第2章以降では、量子コンピュータの基本的な仕組みや、世界各国の競争状況、そして企業の研究開発状況などを概観しつつ、最新の研究の潮流とその可能性について読者に届けます。
ビジネス的な観点からの解説もあり、量子コンピュータの社会的インパクト<革命>についても幅広く触れられています。
こうした本書の構成は、単なる専門書ではなく、現存の最先端テクノロジーを理解する一つの教養としての枠組みになっている点が特徴です。
地球科学から考える量子コンピュータ
本書自体は量子コンピュータの基礎と可能性を中心に扱っていますが、その内容を私が専門とする地球科学の観点から考えると、以下のような計算モデリングとシミュレーションに関する重要な接点が見えてきます。
地球科学においては、大気大循環や海洋流動、気候変動モデル、地震の発生と伝播など、膨大で複雑な計算が不可欠です。
これらは偏微分方程式や統計モデルをベースとし、スーパーコンピュータによる大規模な計算が日常的に行われていますが、こうした問題は「計算量爆発」を招きやすく、現代の最新コンピュータでも限界があります。
近年の研究では、量子コンピュータがこうした計算モデルの一部を高速化したり、より高精度なシミュレーションを可能にする可能性が示唆されています。
さらに古典的なスーパーコンピュータだけでなく、量子アルゴリズムを一部取り入れることで、地球全体のエネルギー・物質循環の解析や海流の細かい代表化、気候変動シミュレーションの高速化、短期的地震予知といった地球科学的な課題への新たな貢献も期待されます。
量子コンピュータの未来
量子力学の抽象性は私の専門である地学で言えば「観測できない地下構造をモデル化して理解する」作業になぞらえられるかもしれません。
地球科学では、衛星観測データ、センサーの連続的な地球環境データ、海洋・大気データ、地殻変動データなど、多種多様なビッグデータを扱います。
よって、量子機械学習の研究が進むにつれて、こうした大規模データに対して新たな解析手法を提供するという期待があります。
量子機械学習は古典的手法と組み合わせることで、気候予測や環境変化の検出、異常現象の早期発見、深部マグマの挙動と予測などにも応用可能性が検討されています。
特に、地球内部の諸現象に必ず伴う複雑系のパターン認識に有効である可能性があるとされています。
量子機械学習を地球観測データに適用する研究では、通常の機械学習よりも高い精度や効率を達成できるケースもあり、将来的には大規模な気候変動や破局噴火の予測などに大きく寄与する可能性があります。
実際、地球観測において衛星リモートセンシングデータは、環境のモニタリングにとって不可欠です。
量子アルゴリズムは最適化問題や大規模データ解析の局面で複雑なモデルを解く問題に寄与し得ると考えられ、近未来には量子コンピュータを用いた衛星ミッション計画最適化などの研究が考えられます。
このように、本書で説明される量子コンピュータの基本と未来の方向性は、地球科学分野に直接的・間接的な形で多くの新たな応用の種を提供するものであり、単なる理論書にとどまらない広がりがあるのです。
私と同様におそらく様々な分野の読者がこれからのテクノロジーを理解するための良い出発点となるのではないでしょうか。
理系に限らず人文系の読者にも開かれた教養書
本書の最大の長所は、何と言っても量子コンピュータを「教養として理解すべき技術」として体系的にまとめた点にあります。
量子コンピュータで何を解決できるのか、どのような可能性を秘めているのかが、歴史背景から最先端の産業動向まで含めて分かりやすく整理されています。
著者はこう述べます。
総じて科学全体への波及がよく見える稀有の啓発書で、載せてある図版も秀逸で、初学者にも直観的に読み進められる工夫がされています。
量子コンピュータを単なる計算機としてだけでなく、約80億人を支える地球という複雑系を理解・シミュレーションするための新たなツールとして捉える視点こそ、これからの科学者と技術者に求められている教養なのかもしれません。
基礎概念から社会実装までを俯瞰でき、既存科学と未来超技術の架け橋として、理系に限らず人文系の読者にも開かれた教養書として薦めたいと思います。
(本原稿は、藤井啓祐著『教養としての量子コンピュータ』に関連した書き下ろしです。)





