量子コンピュータが私たちの未来を変える日は実はすぐそこまで来ている。
そんな今だからこそ、量子コンピュータについて知ることには大きな意味がある。単なる専門技術ではなく、これからの世界を理解し、自らの立場でどう関わるかを考えるための「新しい教養」だ。
『教養としての量子コンピュータ』では、最前線で研究を牽引する大阪大学教授の藤井啓祐氏が、物理学、情報科学、ビジネスの視点から、量子コンピュータをわかりやすく、かつ面白く伝えている。今回はコンピュータと暗号について抜粋してお届けする。

古代ローマ、第二次世界大戦…世界の重要な場面を左右してきた暗号。現代の私たちを守る「暗号」はなぜ安全なのか?Photo: Adobe Stock ※写真はイメージです

コンピュータはなぜ使われ始めたのか?

コンピュータを用いた計算は、たいてい「何かを知りたい」という目的のために行われる。

たとえば、1946年にアメリカで開発された世界最初の汎用電子式コンピュータ「ENIAC」にアメリカ軍が資金を出したのは、砲弾の弾道計算のためだった。
日本の官公庁ではじめて大型コンピュータを導入したのは気象庁だ。

これらはともに、物理シミュレーションをコンピュータで行うことで、その目的の情報を得る。

しかし、このような有益な情報を得るという手段以外に、計算そのものの難しさが価値を生むような場面がある。

情報を他者に漏らさず安全に伝達する(秘匿する)ための方法、つまり暗号である。

暗号の歴史と仕組み

すべてのものがインターネットにつながりデータが価値を生む時代に、情報のセキュリティを守る暗号技術がますます重要になってきている。

暗号の歴史は古く、古代文明でも軍事や外交にさまざまな暗号が利用された。
カエサル暗号は、古代ローマの軍人・政治家だったユリウス・カエサルが使用したとされる、シンプルな置換暗号の一種である。

この暗号は、オリジナルのメッセージの各文字を一定の数だけずらして暗号化する。
「何文字ずらせば読める」という鍵を知っている人は簡単に解読できるが、知らない人はさまざまなパターンを試さないと解読できない。

ルールがわかると解読されてしまう…

近代に入ると、ドイツ軍がより複雑な文字のずらしを自動的に行う「エニグマ暗号機」を開発し、その解読のための電子計算機の研究がイギリスなどで行われた。

コンピュータを数学的に定式化したチューリングマシンの生みの親であるアラン・チューリングが、第二次世界大戦中にイギリスの暗号解読プロジェクトに関わっていたことは、映画『イミテーション・ゲーム』のモチーフにもなり有名だ。

カエサル暗号やエニグマ暗号のような「共通鍵暗号」は、暗号化と解読に同じ鍵(=暗号化をするためのルール)を使う方式であるため、事前に鍵を安全に共有しておく必要がある。

しかし、このルールを見破られてしまうと暗号は容易に解読されてしまう危険性があるのだ。