◆大手と戦って「消える会社」と「伸びる会社」…弱者が生き残る“驚きの戦略”とは?
悩んだら歴史に相談せよ『リーダーは日本史に学べ』の著者が、舞台を世界へ広げたリーダーは世界史に学べ。東京大学・羽田 正名誉教授の監修のもと、世界史に名を刻む35人の言葉から、現代のビジネスに必要な「決断力」「洞察力」「育成力」「人間力」「健康力」と5つの力を磨く術を解説する。

【三国志】諸葛孔明に学ぶ…なぜ中小企業が大企業に対抗できた?「まさか…」と思える大逆転のカラクリPhoto: Adobe Stock

「天下三分の計」は現代のビジネスにも活きる

諸葛孔明181~234年)は、の軍師であり政治家である。本名は諸葛亮であり、孔明は字(あざな)。後漢王朝(25~220年)の末期に生まれた。若くして「晴耕雨読」(晴れた日には耕作し、雨の日には読書する)の生活を送っていたが、後漢末期の混乱のなかで台頭してきた劉備から三度の訪問を受けたことで、その軍師となる(いわゆる「三顧の礼」)。当時中国北部を支配し実権を握っていた曹操の南下に対抗するため、揚子江以南を支配していた孫権と同盟を結び、赤壁の戦いで曹操軍を破るという大功を上げた。その後、「天下三分の計」を進め、曹操、孫権、劉備の3勢力で中国を分割する構想を実現させる。劉備は蜀を建国し皇帝に即位するが、223年に死去。その後、諸葛孔明はその息子である劉禅に仕えた。魏(曹操の息子、曹丕が建国)の打倒を目指し北伐を行うが、志半ばの234年、五丈原で病没諸葛孔明は参謀の理想像として、現代に至るまで高い人気を誇る人物である。

「天下三分の計」に見る弱者の戦略

諸葛孔明が劉備に提示した「天下三分の計」は、強大な魏に対して、国力で劣る蜀と呉が同盟を結んで対抗することを目指した戦略でした。

実際に赤壁の戦いでは、蜀と呉の同盟軍が魏を打ち破り、この戦略が決して机上の空論ではないことを天下に証明しました。このように、弱者同士が協働して強者に立ち向かうという戦略は、現代のビジネスシーンにおいても非常に有効です。

現代ビジネスへの応用:同業他社との「同盟」

具体的な事例として、ある中堅の運送会社の取り組みを紹介します。同社は「共同配送」という物流効率化のノウハウを武器にしています。

もともとは自社の配送網だけでは限界があり、大手運送会社と真正面から競い合うことは困難だったため、各地の同業他社と手を結んで「共同配送ネットワーク」を構築する道を選びました。これにより、単独では不可能だった全国展開を見事に実現し、大手運送会社とも勝負できる土壌を築いたのです。

この共同配送ネットワークは、トラック運転手の時間外労働の上限規制が適用された「2024年問題」を解決する有効な手段として注目を集めており、他社からの協力依頼も相次いでいます。

成功の鍵は「自社の弱み」を直視すること

この成功の根底にあったのは、自社が劣っている部分をしっかりと直視し、冷静に戦略を組み立てたリーダーの判断力です。

自己過信や過去の成功体験にとらわれなかったからこそ、新たな「勝ち筋」を見つけ出すことができたといえます。

感情によって現実認識を誤った劉備の悲劇

一方で、現実を見誤ってしまった歴史上の例が蜀の劉備です。

孔明の「天下三分の計」により、蜀は魏に対抗しうる体制を着々と築いていました。しかし、義兄弟である関羽が呉の策略によって討たれると、劉備は激しい怒りに駆られ、圧倒的な国力差を顧みずに呉へ報復戦を仕掛けてしまいます。

その結果、蜀軍は壊滅的な敗北を喫し、孔明が描いた緻密な戦略は崩壊してしまいました。漢王朝再興という大義が果たされることは二度となかったのです。感情が現実認識を曇らせ、戦略の選択を誤ってしまえば、どれほど崇高な理想であっても実現することはできません。

正しい現実認識こそが未来を切り開く

どれほど高い志や理想を掲げていても、それだけで厳しい現実に打ち勝つことはできません。大義を貫徹するためには、まず「自分には何ができて、何ができないのか」を正確に見極める必要があります。

そのうえで、必要であれば他者と手を組み、ときには自らの感情を抑え込んで、現実に即した戦略を選ぶ覚悟が求められます。それは、場合によっては屈辱的に感じられる決断かもしれません。しかし、その厳しい現実を受け入れる勇気こそが、未来を切り開くための突破口となるのです。

※本稿は『リーダーは世界史に学べ』(ダイヤモンド社)の著者による特別原稿です。