スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版。本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます。

自分のアイデアに対して、多くの人から「いいね!」と言われたとき、あなたはどうする?Photo: Adobe Stock

誰が聞いても「良いアイデア」は避ける

 あなたのアイデアはクレイジーか?

 直感的に考えると、100人中100人に意見を求めて、みんなが「いいね!」と言ってくれるアイデアで挑戦したほうが、スタートアップの成功率は上がるように思える。

 周囲の評価が高いほど不安が解消され、自信になるかもしれない。

 しかし、逆説的だが、誰が聞いても良いと思えるアイデアは、スタートアップにとっては選んではならないアイデアである。

 自分のアイデアを他人に話したとき、大半の人が「それいいよね」と賛同してくるような発想は避けるべきだ。世界を変えてきたのは、着眼点が一見悪そうで、誰も手をつけたがらないアイデアを打ち出したスタートアップだ(図表1-1-4)。

自分のアイデアに対して、多くの人から「いいね!」と言われたとき、あなたはどうする?

宇宙ゴミ回収という「無謀」な挑戦

 岡田光信氏が2013年に立ち上げたスタートアップ、アストロスケール(本社シンガポール)のミッションは「宇宙ゴミの回収」だ。他人に聞いたら、10人中9人は「どこに市場があるの?」「どうやって儲けるの?」と思うだろう。

 岡田氏は、そうしたネガティブなフィードバックが周囲から集まる状態を「マーケットが定義されていない状態」と捉えて、今のタイミングで事業を手掛けることがチャンスだと考えた。

 アストロスケールが解決しようとしている課題は深刻だ。地球の周りにはロケットや人工衛星の残骸(スペースデブリ:宇宙ゴミ)が増えすぎて、ロケットの打ち上げなどに支障をきたすレベルになっている。

 このままいくと2100年ごろには、地球は多くの宇宙ゴミに囲まれて、人類は大気圏外に出ることが困難になるリスクがあるという。今後の宇宙開発の大きな障害だ。アストロスケールはそこに着目し、2024年6月に上場を果たした。

バーチャルアイドルという「妄想」が巨大市場に

 2017年に当時早稲田大学の学生であった田角陸氏が設立したANYCOLOR(エニーカラー:旧いちから株式会社)は、VTuber事務所「にじさんじプロジェクト」を運営している。

 創業当初、「アニメキャラクター(バーチャルアイドル)が配信者になる」というアイデアを聞いた人の多くは、「誰がそんなものを見るの?」と首を傾げたに違いない。

 しかし、ANYCOLORは2022年6月8日に東京証券取引所グロース市場に上場し、一時は時価総額が1,600億円に達し、テレビ朝日ホールディングスやH.I.Sに匹敵する規模となった。バーチャル世界のタレント事務所が、テレビ局の持ち株会社と肩を並べる日が来ると、誰が予期していただろうか。

スキマ時間の「バラバラ」な働き方を発明

 小川嶺氏が2017年に創業したTimee(タイミー)は、アルバイトやパートでもなく、応募に履歴書も要らない新たな「スキマバイト」(スポットワーク)という働き方を作り出した。

 面接や履歴書なしで、1日や数時間の短期間だけ働けるサービスという発想は、当初多くの人に「そんな不安定な働き方が普及するわけがない」と思われていた。

 ところが、2017年の創業から約7年で770万人が登録し、日本の労働人口6,500万人の9人に1人以上が使うサービスに成長した。2024年7月26日に東京証券取引所グロース市場に上場し、時価総額1,569億円という大型上場を果たした。

「クレイジー」こそが市場創造の源泉

 これらの事例に共通するのは、既存の常識や価値観では理解しがたい「クレイジー」なアイデアから出発していることだ。

 宇宙ゴミ回収、バーチャルアイドル、スキマバイト――いずれも従来の「カテゴリー」には存在しなかった新しい市場を創造している。

 周囲から「それは無理だろう」「誰がやるの?」「儲からないでしょ」といった反応が返ってくるアイデアこそ、実は大きな可能性を秘めている。

 なぜなら、そうした反応は「まだ誰も本格的に取り組んでいない未開拓の市場がある」ことの証拠だからだ。

 成功したスタートアップの創業者たちは、そうしたネガティブなフィードバックを市場機会として捉え直す視点を持っていた。彼らは「マーケットが定義されていない状態」こそが、新しい価値を創造する最大のチャンスだと理解していたのである。

 みんなが「いいね!」と言うアイデアは、既に誰かがやっているアイデアかもしれない。本当にイノベーティブなアイデアは、最初は理解されないものなのだ。

(本稿は増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。