スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版。本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます。
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現場に行き共感力を高めよ
課題の発見については、最初は興味や共感がない分野であっても、その領域で事業を始めてからユーザーと話をしたり、現場に行ったりすることで、強い共感を獲得するケースも多い。
たとえば、誰でも簡単にキャッシュレス決済を受けられる仕組みのSquare(スクエア)は、どうやって生まれたのか?
これは、創業者ジャック・ドーシー氏の友人であるガラス工芸家が作ったガラスの蛇口が2,000ドルで売れるはずだったのに、顧客のクレジットカードの決済を受け付ける手段を持っていなかったため、それが売れなかったという出来事がきっかけとなっている。
ドーシー氏自身は「金融分野のバックグラウンドがなく、共同創業者も25人の従業員に達するまで金融業界出身者を雇わなかった」と述べており、最初は金融技術への特別な情熱はなかった。
しかし、小規模事業者と対話を重ねる中で「小規模企業や個人起業家が支払い受付において大企業と同等に競争できる世界」というビジョンを確立した。
ドーシー氏は「ブロックウォーク(Block Walk)」と呼ばれる取り組みで、サンフランシスコの街中を歩き回り、スクエアを使用する地元企業と直接話をしたという。
生成AI時代だからこそ求められる
ファウンダーの「課題共感」と「ビジョン」
スタートアップのアドバイスをしていると、「なぜ自分ごとの課題から始める必要があるのか? どうして、課題に強く共感する必要があるのか?」とよく聞かれる。
その答えは、生成AI時代の到来によってより明確になった。
AIテクノロジーが急速に民主化され、最高水準のAIが誰でも安価に使えるようになった。
結果、製品やサービスを「作ること」への参入障壁が劇的に下がりつつある。結果として、ファウンダーが語る課題とビジョンの深さの重要性が高まっているのだ。
「役に立つ」から「意味がある」へ
AIが多くの実用的な課題を解決できるようになった今、人々が求めるのは機能的価値を超えた存在意義である。過去の失敗から生まれた反骨精神、困難を乗り越えてきた体験、そこから紡ぎ出される人間らしいストーリーなどだ。
これらはAIには決して代替できない。ファウンダー固有の競争優位性になる。
起業にとって重要なステークホルダー、起業メンバー、投資家、顧客でさえ、ファウンダーが語るビジョンとミッションに引かれて集まるのだ。
特に生成AI時代においては、技術的なスキルを持つ優秀な人材ほど、単なる報酬や待遇ではなく、働く意味や価値を重視する傾向が強まっている。
「赤の他人の課題を解決しましょう」では、才能あるエンジニアやデザイナーの心は動かない。彼らは安定した大企業でAIツールを使って効率的に働く道を選ぶだろう。
一方、自分ごとの課題から生まれた強いビジョンを語れるファウンダーの下には、使命感を共有できる魅力的な人材が自然と集まる。
そして何より重要なのは、そうした人材の高いコミットメントを引き出し、組織全体を同じ方向に向かわせることができる点だ。
(本稿は『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。




