家族だからわかり合える――そう思っていた相手に、強い怒りを覚えたことはないだろうか。特に実家の相続では、驚くほどあっさりと価値観の違いを露呈する。『人生は「気分」が10割』の著者、キム・ダスル氏の新刊『人生は期待ゼロがうまくいく』の発売を記念した本稿では、ライターの柴田賢三氏に身近な人との関係についてのエッセイをご寄稿いただいた。(企画:ダイヤモンド社書籍編集局)
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相続で兄が言い放った
衝撃のひと言
田舎に住む父親を亡くして帰省し、相続の手続きをした際、1人だけいる兄の言動に強い怒りを覚えたことがある。
なにも私の実家に莫大な遺産があって、もめたわけではない。むしろ年金暮らしだった両親の預金は思った以上に少なく、残された母親の今後が心配になるぐらいだった。
そのかわり、境界線もあいまいで売ることもできないような先祖代々の山々や畑が出てきて、困り果てていた。
私の兄は良く言えばおおらかな人で、悪く言えば世間知らずだ。母親は、長年連れ添った父が突然いなくなった現実を受け止めきれず、ふさぎ込んでいた。
仕方なく私が相続の手続きの大半を担うことになり、地元で税理士をやっている知人に相談し、ほぼ一人で書類作成などに追われた。
母親がすべての財産の半分を取得し、私と兄が1/4ずつというのが普通だが、高齢の母親が旅立った際に、もう一度同じ事務処理をしなければならなくなるので、山や畑は兄と私が半分ずつを相続。現在も母親が住む実家は彼女だけの名義にした。
こうした不動産の相続方針を固め、母と兄に同意を求めると、兄が言った。
「親父の残した現金は? 全部で600万くらいあっただろ」
「いや、親父の名義の口座には400万くらいで、あとの200万はおかんの名義の口座だから俺たちに相続の権利はない」
「なら、俺の取り分は100万くらいか。それでもいいから分けてくれ。投資に回すから」
私は、この兄の一言に絶句した。父親がもらっていた年金は遺族年金となって減額されるし、そもそも父親の残した現金は母親がこれからも生きていくための資金だから、全額を母親に相続させるつもりだったのだ。
これから母親が動けなくなって施設に入るリスクや、旅立ったあとに実家を解体する費用まで考えたら、600万円でも不足するかもしれない。
そもそも、こうした手続きをほぼすべて弟に任せておきながら、還暦近い男が100万円という小銭を欲しがることにも強い怒りを覚えた。
瞬間的に頭に血が上り、兄を罵倒して母も悲しませることになった。
相手には「期待」をしない
“人生の指標”となる言葉の数々を収録している本、『人生は期待ゼロがうまくいく』の書籍タイトルにもなった項目には、「自分を見失いそうなほど人間関係が苦痛になるとき」にとるべきシンプルな対処法が3つ書かれている。
その中の一つに、こんな記述がある。
「父親はこうあるべき」「母親にあるまじき行為」「恋人なのに自分を優先してくれなかった」――そんなふうに、相手の役割に期待しすぎてがっかりしてしまうことが少なくない。自分が一方的に思い描いていた期待が裏切られただけなのに、勝手に失望し、ときには憎しみさえ芽生えてしまう。他人が自分の期待どおりに行動するとは限らないと心得るべきだ。
――『人生は期待ゼロがうまくいく』(p.29)
著者のキム・ダスル氏は、このことを理解した上で、われわれにヒントを与えている。
田舎でひと通りの相続手続きを終えて東京に戻って数日経つと、あれほど燃え上がっていた兄に対する憎悪の炎は、あっという間に鎮火した。
血を分けた親きょうだいですら、大人になれば「適度な距離」が必要であることを実感した出来事だった。
(本記事は『人生は期待ゼロがうまくいく』の発売を記念した書下ろしエッセイです)
大学卒業後、複数の出版社や不動産会社での社員を経てフリーライターとして独立。週刊誌、月刊誌、WEBメディアなどで記者、編集者を経験した。事件、芸能、スポーツ、サブカルチャーまで幅広く取材に携わり、のちに新聞やテレビでも大きな話題になったスクープをモノにしたこともある。





