『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク
三田紀房の受験マンガ『ドラゴン桜2』を題材に、現役東大生(文科二類)の土田淳真が教育と受験の今を読み解く連載「ドラゴン桜2で学ぶホンネの教育論」。第139話(最終話)は「学ぶことの大切さ」について考える。
久々に会った友人が、開口一番…
東京大学受験の合格発表を迎えた龍山高校。現役・浪人を合わせて13名の合格者を輩出することに成功した。あいさつに来た天野晃一郎と早瀬菜緒に対して、東大合格請負人の桜木建二は「変わることを楽しむことだ」と最後のアドバイスをするのだった。
2024年の8月から1年8カ月ほど、この連載では龍山高校の生徒たちの東大受験を見守りながら、受験や教育についてさまざまなことを書かせていただいた。
この1年8カ月はまた、教育・受験にとっても激動の時期だった。大学入試における「女子枠」の議論や総合型選抜の増加。東京大学をはじめとする国公立大学での学費値上げ問題。日本全体で起こる教員不足の深刻化など、一つ一つ挙げていけばキリがない。
そして同時にこの1年8カ月は、私個人も教育に関わるさまざまな人と関わった時期であった。受験に成功する人・しない人、学校教育への疑問を持ち外の世界に飛び出した人、教育の理想と実際の現場のギャップにあえぎながら、それでも日々の過酷な業務をこなしていく先生方、学歴についてさまざまな視点から視聴者に訴えるYouTuberなど。これらの人を異なる視点から見ることができ、また対話してきた。
そこから見えてきたことは、学びという行為が持つ「プロセスに対するリスペクト」だ。
高校2年生のある日の放課後、同級生の1人が黒板に小さな円を描いた。
「例えば俺が知っていることは全てこの円の中にあるとしよう。すると、俺が知らないと自覚できることはこの円の円周だ」
そしてその円の隣に大きな円を描いてこう言った。
「もし俺が知っていることが全て、この大きな円の中にあるとすれば、俺が知らないと自覚できること、つまり円周の長さはもっと長くなる」
先日久しぶりに彼と再会したのだが、開口一番こんなことを言われた。
「『意味』と『意義』って、どう違うと思う?」
彼は常に「知らない」ことを他人と共有することを恐れず、答えを出すことよりも考えることそのものを楽しんでいた。
「結果重視」の時代に軽んじられがちなコト
『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク
AIが東大入試において理科三類の合格最低点を超える時代に、我々は何を学べばいいのだろうか、と不安になる人は多いだろう。大学受験に一体なんの意味があるのか、と。だが受験は、学ぶプロセスの選択肢でこそあれ、必須項目ではない。
学ぶということは、中国の王朝を暗記したり、ハリー・ポッターを英語で読めるようになったり、難しい微分・積分の問題を解けるようになることだけではない。
誰も知らないことをほんの少しだけ明らかにする営みに対して、最大限のリスペクトを持つということだ。目の前のことを知らないと認め、それを知るプロセスそのものを楽しむことだ。
このプロセスは、結果重視の現代においてとかく軽視されがちだ。教育だけでなく、社会全体で結果主義の風潮が蔓延(まんえん)してきているように思える。「結果を出しているんだから○○してもいいじゃないか」という声がSNSで散見されるようになった。もちろん、正確性よりもスピードを重視すべき場面もあるだろう。
しかし、コスパ・タイパが叫ばれる現代においてもなお、受験数学で途中式なしに答えだけを書くことは基本的に認められないし、歴史の一問一答よりも記述式の論述が重視されている。受験と学問は、しばしば対比されて語られることもある。だが、これらのことはまさしく学びの本質が結果ではなく経過、プロセスにあることを示しているのである。
最後に、139回にわたって本コラムをご覧いただき、誠にありがとうございました。教育や受験について考える一助となれば、私にとってこれ以上の幸せはありません。
『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク
『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク







