サラリーマンでありながら海外の映画祭で日本人初のグランプリを受賞した長久允氏。その思考法を存分に伝える『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』が発売から話題となっている。佐久間宣行さん、ラランド・サーヤさんも大絶賛する同書から、抜粋・再構成して特別公開する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

脚本の教室Photo: Adobe Stock

 30代になると、仕事にも慣れ、一定の成果を安定して出せるようになります。

 任されたことはきちんとやる。大きな失敗もない。周囲との関係も悪くない。それなのに、なぜか評価されない。

 昇進や抜擢は別の人に決まり、自分はいつも「いてくれると助かる人」で止まってしまう

 そんな違和感を抱える人は少なくありません。

「ちゃんとできる人」ほど、埋もれやすい

 評価されない理由を、努力不足だと思う人は多いです。

 ですが実際には、評価が伸び悩む人の多くは、むしろ真面目で、安定して仕事をしている人です。

 問題は、その“ちゃんとしていること”が、職場ではすでに珍しくないということです。

 丁寧に進める、空気を読む、無難にまとめる。こうした力はもちろん大切ですが、それだけでは「その人である理由」にはなりにくいです。言い換えれば、コモディティ化しているのです。

 周囲から見ると、安心感はあるけれど印象には残りにくい。外さないけれど、この人ならではの強みが見えない。そんな状態では、大事な仕事や新しい挑戦の場面で、最初に名前が挙がりにくくなります

本当に評価を分けるのは、「その人ならでは」さ

 30代以降の仕事では、単に何でもそつなくできることよりも、「この人は何ができる人なのか」がはっきりしていることのほうが重要になります。

 なぜなら、組織が本当に必要としているのは、代わりのきく人ではなく、この場面ならこの人だと想起される人だからです。

 一方で、ぱっとしない人は、能力が低いわけではなく、輪郭がぼやけています。何でも無難にこなせる一方で、何を任せるべき人なのかが伝わりません。結果として、評価の場面で決め手を欠いてしまいます。

 CM作りの現場でも同じでした。

 企画段階ではもちろんクリエイティビティが試されますが、撮影現場では役割が違っていて、クライアントさんが見てるモニターの横で「今のタレントさんの飲み方、最高ですよね!」とか、「え? ラベルの見え方もうちょっと正面のほうがいいですか? はい! 監督に伝えます!」といつもニコニコおべっかを使うみたいな調整もメイン業務ではあり、周りの人に喜ばれるかを考えて動いていました。

 それから店頭ビデオを作る仕事をした際も同様で、私の作った店頭ビデオを流すと、今までのものよりも売れ行きが上がり、クライアントさんが喜んでくれる。それだけでいいと思っていました。

 CMはうまく作れないけれど、コピーライターの賞は獲れないけれど、広告の雑誌には載らないけれど、クライアントさんが喜んでくれてるし、とても幸せな仕事だな。

 そう感じていました。そう自分で自分に言い聞かせて、たくさん映像を納品しました。

「自分だけの仕事」で評価されるために

 そうやって働いていましたが、32歳のとき、人生で一度でいいから、「自分が本当に良いと思うかどうかのみを考えた映画」を作りたい。そう思うようになりました。

 誰かの共感を狙うとか、誰かに評価されるとか、そういう視点はもうどうでもよくなりました。

 ここまで気づいても「1回きり」と思うところが小心者の証拠だなと今では思います。何回だってやっていいのに。

 でも、あのときはそう思いました。1回だけ、好き勝手にやってみよう。そして、どうせ1回きりなのだから、他人に何を言われても気にしないで作ろう。

 まさか、そんなある種の投げやりな気持ちで作ったものが、結果的にサンダンス映画祭で世界一を獲り、今の仕事につながっているのです。

 30代の岐路で目指すべきなのは、欠点のない人になることではありません。自分だけの仕事ができるようになることです。

 そのために足りないのは、努力ではないのかもしれません。