サラリーマンでありながら海外の映画祭で日本人初のグランプリを受賞した長久允氏。その思考法を存分に伝える『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』が発売から話題となっている。佐久間宣行さん、ラランド・サーヤさんも大絶賛する同書から、抜粋・再構成して特別公開する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

脚本の教室Photo: Adobe Stock

ありがとう! 『トイ・ストーリー2』

 王道の脚本術で作られた完璧な脚本の映画に『トイ・ストーリー2』(1999年/ジョン・ラセター監督)があります。

 滅多にエンタメ作品で心が動かない私も、流石に『トイ・ストーリー2』を観たとき、号泣してしまいました。

 しかし、号泣すると同時に、なんともひねくれ者の私は、こう思ってしまったのです。

「人間を舐めんなよ!」

 と。もちろん作り手側として彼らは、人間を舐めて作っているつもりなど毛頭ないとは思うのですが、とにかく若い頃の自分はこう思ってしまったのです。

 そしてそれこそが、独自の方法で脚本を書くことにした理由でした。

『トイ・ストーリー2』は、ログラインもプロット(物語の展開)も構成も登場人物の感情の運びもすべてが完璧なのです。本当に無駄がない。

 何に無駄がないかというと、視聴者を感動させるという目的に対して1秒も無駄のない作品になっているのです。これを観た人間のほとんどが泣くことが完璧に設計されているように感じました。脚本として本当に素晴らしいと思います。

 特にハリウッドはひとりの脚本家が書くのではなく、チーム作業で脚本を完成させていきます。多角的な視点でチェックされ、何人もの人間が束になって完璧な脚本を作っていくのです。

 しかし、それは行きすぎて、「無駄がなさすぎる脚本」になっているとまで感じるのです。

 私たちの人生は無駄だらけなのに!!!!

 登場人物たちは2時間をかけて全員が完璧に成長しすぎているのです。

 私たちは何年かけたって大して成長なんかしないのに!!!!!

 それにそもそも私たちは「物語」のためには存在していない、超絶意味のない無駄な存在です。だから『トイ・ストーリー2』で泣いちゃいけない。ブチギレなければいけない。そう思ってしまったわけです。

 もっと個人的な瞬間を! もっと無駄を! 言語化できない切なさを! ほとんど誰にも共感されない感情を!

 そういうものを書くべきだと気づいたのです。

深く潜っても成立する(むしろ強い)

 そもそも自分だけしかわからない「個人的なもの」を作品にしてもいいのだろうか、と不安になるかもしれない。

 でも安心してほしいです。

 ポン・ジュノ監督が『パラサイト 半地下の家族』(2019年)でアカデミー賞を獲ったときにスピーチで、スコセッシ監督の言葉を引用してこう言いました。

「最も個人的なことが、最もクリエイティブなことだ」
“The most personal is the most creative.”

 ポン・ジュノ監督の作品には、この思想が満ちているように感じます。

 彼が若いときに感じていた葛藤や暮らしのディテールが、ダイナミックなギャグとなって作品に定着しているように思うのです。

 映画というものは、たくさんのスタッフや俳優陣などプロフェッショナルな職人たちが携わり、全員で一丸となって完成される複合芸術です。

 だからこそ、脚本だけは個人的な価値観に、深く深く潜っていっても成立するのだと、彼の作品を観ていると感じ、私はいつも安堵するのです。

天才はいない。個人的さだけがそこにある

 しかしそれはポン・ジュノ監督が「天才」だから、個人的なことをやっても許されているということでは? と尻込みする人がいるかもしれない。

 ですが、そんなことはありません。

 そもそも「天才」なんていない、と私は考えています。絶対にいない。

 絶対にいないというか、全員「天才」である、とも言えるかもしれません。

 たとえば、近所の商店街の精肉店の店主が考えていることやルーティーンや見ている景色が映画になったらきっとおもしろいでしょう。

 たとえば、ある小学3年生の考えていることがすべて映画にできたらおもしろいでしょう。

 現に、TikTokで流れてくる夜職の女性の仕事後に納豆を食べるだけのVlogは、目が離せない映像になっています。そう、つまり、

 私たちは全員、良い。

 本当にそう思うのです。

 天才はいない。個人的さだけがそこにあるのだ。だから私たちは、書いていい。

 もし私たちとポン・ジュノ監督との違いがあるとしたら、それは才能ではなく、「個人的なものを形にする能力」があるかどうか、ではないかと思います。

 私たちは、マジョリティがおもしろいと思える物語なんて、気にしなくていいのです。

 とことん自分が良いと思える作品を作っていけばいいのです。