サラリーマンでありながら海外の映画祭でグランプリを受賞した長久允氏。その思考法と脚本術を存分に伝える『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』が発売となりました。佐久間宣行さん、ラランド・サーヤさんも大絶賛する同書について、長久氏へのインタビューも交えて深堀りします。(聞き手・文/飯室佐世子

脚本の教室Photo: Adobe Stock

過労で倒れて気づいた真実
自分の人生のクライアントは「自分」

 上司の理不尽な指示にも笑顔で応え、会議の空気を読んで違和感を飲み込む。

「大人」として社会性を身につけるほど、本当の自分が消えていくような感覚に陥ることはないでしょうか。

 サンダンス映画祭でグランプリを受賞した映画監督・長久允氏は、会社員として仕事に打ち込み、過労で倒れた経験を持ちます。

どうして私は、こんなにも、死にそうになりながら、命を捧げながら、誰かが作った商品を「なんとなくいい」と思わせることに時間を使っているのだろうか。(中略)
私の脳みそはもっと自由に弾けているのに、私はそれを日常でまったく使っていませんでした。毎日クライアント様に頼まれた仕事で忙しく、to doリストで脳みそを埋めていました。でも、私はやっと倒れて気づけたのです。自分の人生のクライアントは、「自分」じゃんか。それはそれはシンプルな気づきでした。よく考えたら当たり前なのに、労働する私はそのことを忘れて生きていました。

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』P.28より

 私たちがビジネスの現場で身につける社会性は、組織を円滑に回すためには必要なものです。しかし、それは社会で働く上での技術の1つにすぎません。

 それに過剰に適応すると、いつしか「自分への嘘」を重ねることになり、苦しくなっていく。過労により路上でめまいを起こし、「死んじゃうかもなぁ」が頭をよぎったという長久氏は、当時を振り返ります。

長久允(以下、長久):ある時、「嫌なことを嫌と言わない嘘」をついていることに気がついて、きつくなったんですよね。

 社会性自体が悪いものではないんですけど、会社員として求められる社会性という服の下には、覆いかぶさっていた、服を脱いだ裸の自分がいるということに気が付くことが大切だなと思うんです。

 この「裸の自分」の声を無視して「それっぽいもの」を作って他者から評価されようとしても、それは他人の人生の代行でしかないのです。

ネガティブ感情こそが「金脈」
怒りや違和感を企画に変える技術

 とは言え、本音を出すということに抵抗を感じる方も多いはずです。

 なぜなら、ビジネスの場面では「アンガーマネジメント」が推奨され、ネガティブな感情はコントロールすべきものとされるからです。では、覆い隠されていた「裸の自分」の感情をどう扱うべきなのでしょうか。

 長久氏は、「クリエイティブの世界では、そのネガティブな感情こそが金脈になる」と語ります。

長久:私の創作のスタートは、いつも「怒り」と「悲しみ」です。

 たとえば、10代の自殺率が高いというニュースへの怒りと悲しみが、映画『WE ARE LITTLE ZOMBIES』の原動力になりました。

 その場では受け流したけれど、自分自身はどうしても違和感を拭えなかったことってありますよね。

 そのような経験は、たとえばSNSに書けば炎上しかねない感情であったとしても、クリエイティブに落とし込み、創作物として残すという手段もあるんです。

 社会では隠すべき感情に出合ったときは、企画においてはそれが最も強いエネルギーになると考えています。

 自身ではドロドロしたと感じられるような「本音」こそ、クリエイティブに昇華することで誰かの心を深く打つことができるのです。

(本稿は、『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』の発売を記念したオリジナル記事です)