すさまじいスピードで進化し、社会を変えていくAI。独裁的な政治家によって破壊されつつある平和と民主主義。これらを目の当たりにした人の多くは、今の世界に「混乱の極み」を感じているはずです。しかし、マッキンゼー勤務ののち、ソフトバンクの孫正義社長のもとで長らくその未来構想力を見続けてきた安川新一郎氏は、次のように断言します。
「今という時代が変動的(Volatile)で、不確実(Uncertain)で、複雑(Complex)で、曖昧(Ambiguous)なVUCAに見えるのだとしたら、それは【これから何が起きるかを思考するための具体的な技法】を持っていないからなのです」
本連載は、その「これから何が起きるかを思考するための具体的な技法」を伝える書籍、『未来思考2045』の一部を修正して公開するものです。
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未来予測と未来思考
現代を生きる私たちも、未来に強い関心があります。「企業の業績はどうなるか」「為替や保有銘柄の値動きはどうなるか」「世論はどのように変わっていくのか」「今後どのような技術革新が起き、それは社会をどのように変えていくのか」―世界はさまざまな未来予測に溢れています。
一方で「未来予測には意味がない」という意見も多く聞かれます。その理由は大きく3つ挙げられます。
1つめは、未来予測に求める精度と時間軸の問題です。A氏がいつ死ぬか、B社がいつ倒産するか、Cという天災がいつどこで発生するのかなど、個々の事象・事件は予測できません。また、明日もいつもの電車で職場に通勤し、順調に業務がこなされることは予測できても、10年後にどこで何をしているのかは、想像もつかない人が多いでしょう。
2つめは、破壊的技術の登場です。「数年のうちに実質的に不老不死に近い超長寿化の技術が生まれる」「核融合技術や量子コンピュータによってエネルギーの問題や資源の問題が根本解決する」など、現在の社会や価値観の基盤となっているものが革新的なテクノロジーによって崩れてしまう可能性は常にあるので、今の常識を前提にした未来予測には意味がない、とするものです。
3つめは、未来は自らの行動で動的に変化しうるので、余計な予測や思考に時間を費やすよりもとにかくまず行動をすべき、というものです。
これらは、一見正しく聞こえるのですが、間違っています。
具体的な予測や予言でなくても、大きな方向感の予見(*1)には意味があり、大きく捉える分、想定外の事態にも柔軟に対応できます。
*1 「予見」は前もって状況を知ること(想定)、「予測」はデータにもとづき具体的に見通すこと(計算・推論)。予見は「可能性があると見抜く」ことで対策につながり、予測は「確率や数値で具体的に示す」ことに重きを置く。
また、仮に価値観を根底から変える破壊的技術が発明されたとしても、それが普及し、普遍的とされていた価値観を変えていくには、どうしても数十年の時間がかかります(*2)。
*2 蒸気機関は、ワットによる改良(1769年の特許)から、蒸気機関車を使う公共鉄道の成立(1825年のストックトン=ダーリントン鉄道)まで56年、都市間の本格的な旅客・物流インフラとして確立(1830年のリヴァプール=マンチェスター鉄道)するまでにも61年を要しました。同様に、「人工知能(Artificial Intelligence)」という言葉自体は1956年のダートマス会議で提唱されましたが、現在の生成AIを含む“社会の当たり前”としてのAIに至るまで、2026年時点で70年かかっています。
そして、未来に向けて行動するのは当然で、その際に地図とコンパスと行程表があったほうがよいのは明らかです。
未来をある程度の解像度で読み解くことは、いくつかの技法を学べば誰にでも可能です。そのための思考法を、本書では「未来思考」と呼んでいます。
「未来思考」とは、過去から現在、そして未来に至る「大きな構造的な変化」を把握することで、「現在起きていること」と「来たるべき未来」を理解し、自らの行動で未来をより良い方向に導いていく思考法です。
「未来思考」は、トレンドや科学的根拠をもとに、将来起こりうる事象を論理的に見通す「未来予測」とは異なるものです。
「未来予測」では、個別の株価(y1)、技術トレンド(y2)、天気(y3)、製品需要(y4)などを、やはり個別の株価・技術トレンド・天気・製品需要であるx1, x2, x3, x4から予測しようとします。
未来予測 x1→y1 x2→y2…
個別の事象について既存の前提から予測精度を向上させ、正しさを積み上げるのが「未来予測」のアプローチといえます。いわば、既存の延長から正しく予測する、Do the things right(事を正しくやれ)です。
日本社会では、この「未来予測」のアプローチが多数派です。とりわけ正解がある教育の勝者で構成された官僚組織や大企業組織では、このアプローチが合理的行動としてよく見られます。
既存政策や事業の延長線上に、予算措置や需要予測・生産計画を精緻に積み上げ、説明合理性を上げていきますが、非連続な変化にむけたファクター(f)、すなわち「構造」や「蓋然性」を見ようとしません。社長室長時代の私が孫正義社長に怒られた「未来を正確に読み間違える」行為です。
非連続的な変化の重要な予兆を、(多少気になってはいても)作業上のノイズとして排除し、毎年の予算計画やPL、中期経営計画を書き換える帳尻合わせが、施策や事業を継続させるという「責任」を果たす行為となります(*3)。
*3 カルビーでは、かつて松本晃会長兼CEOが改革に着手する以前、社内には1000種類を超える帳票、万単位のグラフが存在し、それらをすべて確認するには「不眠不休でも4日かかる」という社内伝説が語られるほど、データと指標が過度に肥大化していました。
時間軸を長期にとった場合に生じる不確実性と、変数を同時に複数扱う場合に生じる複雑性に関する思考そのものがないため、その部分は外部のコンサルティング会社に委託し、責任回避します。
そして正しく思考しなかった結果、「未来予測」を外し、「今回は想定外だった、やはり世界はVUCAだ」などとさらに思考停止して終わります。幹部は目の前の既存事業の数字の達成に追われ、若手は将来への不安を抱え続けて漠然と転職を考える―という構造が永遠に再生産されます。
「未来思考」では、個々の未来予測を超えてより俯瞰した視点をとり、構造的な関数fそのものに注目し、仮説を立て、その因果関係を読み解きます。インプットの変数次第で変化するアウトプットの答えを知ろうとするのではなく、普遍的な方程式そのものを捉えるのです。
未来思考 y=f(x)
「未来思考」とは、ファクター(f)、すなわち、構造とその発生蓋然性を把握し、予兆も含めた事象(x)から結果としての非連続な変化(y)を予見することです。そのうえで変化(y)を集めて関連づけたシナリオを複数想定し、行動します。
いわば、不確実な状況下でも長期の価値創出の本質に向き合い思考する、Do the right things(正しい事をやれ)です。
「未来思考」の関心は、特定のyの値を当てることではありません。見るべき主役は未来を生み出す背後の構造・関係・因果(f)です。
すなわち、「この構造が維持された場合、どのような事象が蓋然性から発生するのか」についての仮説思考です。
ここで言う蓋然性とは、確率の数値計算ではなく、予兆と構造を捉えたのちに、どの分岐が開きつつあるのかの「確率的なゆらぎや偏り」です。
xからyを考えるとき、yについて必ずしも具体的な事象や数値が予測できるわけではありません。たとえば、何か大きな方向性くらいかもしれません。前向きな方向とか、あまりポジティブではない何かとか、大きな対立の発生とか融和の兆しとか、具体性に欠けるものであることのほうが多いかもしれません。
しかし、それらは漠然とした未来yに対して何らかの備えや構えを取るうえで、十分に意味があるのです。
この違いは意思決定の評価軸にも現れます。「未来予測」では、結果の正否がすべてであり、外れた判断は「失敗」として切り捨てられ上書きされます。一方、「未来思考」では、どの構造仮説にもとづき、どの蓋然性に賭け、最終的にどの行動を取ったのかで評価されます。
結果が外れても、構造理解やその前提が更新されれば、それは今後の「未来思考」につながる学習として蓄積されます。
「未来予測」と「未来思考」の違いを示すエピソードとして、携帯電話の普及に関する企業戦略の成功と失敗の具体例があります。
1980年代初頭、米国の通信大手であったAT&Tは、携帯電話(セルラーフォン)という新しい技術の将来性について、マッキンゼーに市場予測を依頼しました。レポートでは、技術やコスト、ユーザー利便性に関する当時のデータをもとに、2000年の米国における携帯電話加入者数は約90万~100万程度にとどまるとの予測が示されていました。
この予測は実際の普及数(2000年の米国で1億人を超える加入者数)と比べて100倍以上の差異があり、将来の市場成長を見誤った例として知られています。
結果としてAT&Tは後にワイヤレス事業参入の立て直しを迫られることになり、McCaw Cellularの買収などに多額の資金を投じることになりました。当初の控えめな予測が、大きな機会損失を生んだのです。
既存の前提条件や直線的な延長線上の数値に基づく「未来予測」が、長期の大きな変化を見誤った事例です。
これに対し、私が若手のコンサルタントだった1990年代、同様の分析をしたことがあります。実際に携帯電話を使用してみると、その便利さから人々は必ず使用し続け、また友人とも携帯でつながりたいというネットワーク効果があるという構造が理解できました。解約がなく既存利用者が新規利用者を開拓してくれるのであれば、端末価格を低減させることが可能です。そうなると、カバーエリアを増やして利便性を高めさえすれば、市場は確実に指数関数的に拡大するという方程式が生まれます。
結果的に、私たちが立てた需要計画は極めて高い精度で的中し、積極的な設備投資に前倒しでGOサインを出すという戦略的アクションにつながりました。
携帯電話は高価で一部のエグゼクティブのためのサービスという意識が根強かった時代に、新しい価値が生み出す未来をその構造から見通した「未来思考」の好例だと思います。



