すさまじいスピードで進化し、社会を変えていくAI。独裁的な政治家によって破壊されつつある平和と民主主義。これらを目の当たりにした人の多くは、、今の世界に「混乱の極み」を感じているはずです。しかし、マッキンゼー勤務ののち、ソフトバンクの孫正義社長のもとで長らくその未来構想力を見続けてきた安川新一郎氏は、次のように断言します。
「今という時代が変動的(Volatile)で、不確実(Uncertain)で、複雑(Complex)で、曖昧(Ambiguous)なVUCAに見えるのだとしたら、それは【これから何が起きるかを思考するための具体的な技法】を持っていないからなのです」
本連載は、その「これから何が起きるかを思考するための具体的な技法」を伝える書籍、『未来思考2045』の一部を修正して公開するものです。
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孫正義の未来思考――未来のトレンドとデルタしか見ない
私がソフトバンクの社長室長時代、孫社長から「お前たちは時として未来を正確に読み間違える。オレはいつも大体正しい」と、よく怒られました。
大量のデータをもとに精緻で複雑な分析をしても、俯瞰した流れをつかんでいなかったり、重要な前提条件を見落としていたりしたら、未来を致命的に読み間違えます。未来の大きな方向性の判断においては、正しい時間軸と視座こそが重要だと何度もさとされたのです。
私は14年間にわたって、孫正義の研ぎ澄まされた時代の洞察力と、未来を切り拓くことへの恐ろしいほどの執着心を身近で目撃してきました。『未来思考2045』は、1人の平凡な若者が孫社長と出会い、強い刺激と影響を受けながら、未来について必死に考え続けた思考と努力の結晶であり、孫社長と凡人との差分を埋める技法をまとめたものであるともいえるのです。
孫社長は、何よりも未来のトレンドの本質をつかむ天才でした。
ソフト流通、インターネット、ブロードバンド、モバイル、スマホ、そしてAIと、創業以来すべてのトレンド(方向性)を真っ先に捉えてきました。1995年の米国のヤフー(*1)への投資、2008年のアップルiPhone3Gの日本独占販売権(*2)の獲得は、伝説的なエピソードです。
*1 ジェリー・ヤンとデビッド・ファイロによって設立された1990年代の先駆的インターネットサービスの1つ。
*2 2008年から2011年にかけてのアップル「iPhone」の日本国内における販売権は、ソフトバンクモバイル(現・ソフトバンク)が独占していました。
中国EC市場の急成長を見越した2000年のアリババへの出資も印象的です。2000年、中国出張から帰国した孫社長が、カバンを置きながら「15分でアリババへの100億円の投資決めてきた。中国はいずれ必ず伸びるからな」と、私に向かって言ったことを鮮明に覚えています。
それ以外にも、企業LANネットワーク、IPネットワーキング、サイバーセキュリティ、オンライン証券、データセンター、国際海底ケーブルなど、現在も利用されているテクノロジートレンドをいずれも草創期に予見し、多くの事業化に成功しています。
そして現在はAI事業です。孫正義社長は、AIが今後、人間の知能をはるかに超える人工超知能=ASI(Artificial Super Intelligence)へ進化することを確実視し、その実現をソフトバンクグループの使命としてグループ総力をあげて推進するとしています(*3)。
*3 2024年6月21日、ソフトバンクグループ株式会社の第44回定時株主総会
もう1つの孫社長の特徴は、未来への極端な偏重です。未来へのデルタ(変化差分 *4)の実現に向けて、一定期間徹底的に、自身の時間も資産も、直属の部下のリソースもすべて投入します。
*4 デルタ(Delta)は、2つの値や状態の「差分」「変化量」を指すギリシャ文字です。
1996年のヤフー買収直後は、メールのパスワードも、「i,n,t,e,r,n,e,t」にし、自身の日常のすべての意識がインターネットに集中するようにしていたと直接聞いたことがあります。
その特別な思考は、今も、ソフトバンクグループの全体の投資戦略、事業戦略、財務戦略、人事戦略のすべてに影響を与えています。
過去半世紀近くを見ても、時代の「転換点」が訪れるたびに、その最先端技術へ突入し続けた企業はソフトバンクグループだけでしょう。そのつど、その時点の資産のほとんどを未来へ「燃料」として投下してきました。
創業時、資本金1000万円で手元資本のないときに、ハドソンとの独占契約に5000万円前払いしたことに始まり、1995年、インターネット事業を開始するときには、出版社も展示会の会社もすべて売却し、取締役全員が反対するなか、創業間もない米国ヤフーへ115億円を投資し、37%の持分を確保しました。
私も深く関わったヤフーBB(*5)の立ち上げに際しては、2003年、その虎の子のヤフー・ジャパンの株も4万株放出して552億円を確保。ブロードバンド事業に投入しました。
*5 Yahoo! BB(ヤフーBB)は、ソフトバンク株式会社が運営するインターネット接続サービス(プロバイダ)です。
近年では、先ほどのアリババ株も大規模売却して1.5兆円を回収し、財務体質強化と次の成長の原資としました。AIブーム下のエヌビディア株でさえも、2025年にすべて売却して58億ドルを確保し、これからのAIインフラ計画に充当する予定です。
孫社長自身は、これらの株式の売却のたびに「(資金が無限にあれば)1株も売りたくなかったが資金が必要だった」とコメントしていますが、本心だと思います。現行事業への愛着をさらに上回る、すさまじいまでの未来への執着なのです。
失敗もあります。1999年から数年間、私が担当した地球規模での海底ケーブル会社への出資(グローバル・クロッシング)とジョイントベンチャー(アジア・グローバル・クロッシング)の設立においては、十分な需要が立ち上がらず、ITバブル崩壊とともに倒産し、グループ会社のデータセンター子会社も譲渡しました。
また、過去にキングストン・テクノロジーという半導体製造企業(メモリモジュール)へ投資を実行したあと、数年で売却し撤退しています(1999年)。再生可能エネルギー事業も、後に株式の大半を譲渡(*6)しました。
*6 豊田通商へSBエナジー株式の85%を譲渡(2023.2.9)
しかし、売却や撤退したプロジェクトは、トレンドを見誤ったというよりも、デルタ(変化差分)を捉えるタイミングが早過ぎた場合がほとんどでした。
半導体製造企業、海底ケーブル会社、データセンター会社、再生可能エネルギー事業といった過去の経験は、ソフトバンクグループが、AIインフラ構築に向けて積極的におこなっているArmなどの半導体開発、その巨大な電力消費に対応するエネルギー開発、急増するデータ処理に対応するための次世代型データセンターと国際通信網の構築(*7)などの事業展開にすべて生きています。長期的な視点に立つと、これまでの重要なテクノロジー・トレンドはすべて完璧に捉え、事業展開してきたといえるのです。
*7 日本とシンガポールを結ぶ国際海底ケーブル「Candle」の建設に合意(2025.9.22)
現在ソフトバンクグループは、通信事業・投資事業・金融事業等、投資先企業は470社以上、資産規模は50兆円に達する巨大コングロマリットですが、私が持株会社の中枢にいるころから、事業会社なのか投資会社なのかよくわからないと批判されてきました。事業会社と呼ぶには本業が数年で入れ替わり、投資会社というには投資リターンだけを追わずに戦略的に事業群で投資をおこなっているからです。
孫社長にとって過去や現在の事業収益や財務基盤は、すべてこれからの未来のためにあるのでしょう。未来のトレンド(方向)とデルタ(変化差分)に対する執着とある種の焦燥感だけが、今日に及ぶ孫社長とソフトバンクグループを突き動かしています。
テックビジョナリーの未来思考――スティーブ・ジョブズ、アラン・ケイ、アーサー・C・クラーク
スティーブ・ジョブズは、マッキントッシュやiPhone/iPad、App Storeなどのイノベーションで有名ですが、1983年の時点で、「今の人々は無料のラジオ放送から楽曲を聴き、気に入った曲をレコード店に行って購入する。未来では、ソフトウェア版のラジオ局から無料のサンプルをダウンロードして試し、その後有償版を電話回線を経由して入手するようになる」と、現在のSaaS(Software as a Service)やApp Storeでのダウンロードとアプリ内課金を予見していました。
また、まだiPodの初代機が発売されたばかりの2001年には、「みんな自分が撮影した動画を編集して投稿するようになる(*8)」と、スマートフォンからInstagramやストーリーズに編集動画をアップする未来を予見していました。
*8 2001年NHKクローズアップ現代インタビュー
1972年の段階で、今のタブレット端末をその製品仕様も含めて正確に予見したアラン・ケイ(*9)は、当時の著名なメディア研究者マーシャル・マクルーハンの『グーテンベルクの銀河系』や『メディア論』を徹底的に読み込み、「コンピュータは計算機ではなく、将来人々のパーソナルメディアになる」と、その本質を予見しました。
アラン・ケイが残した有名な言葉――「未来を予見する最善の方法はそれを発明してしまうことだ」――の通り、優れたテクノロジストは、人々のコミュニケーションや行動様式の本質の構造を理解し、それを製品化することで、誰もが使う未来を実際に創り出すのです。
ただし、未来を予見するのはテクノロジストだけではありません。SF映画の金字塔『2001年宇宙の旅』の原作者でSF三大巨匠の1人とされるアーサー・C・クラークは、1962年に著書『未来のプロフィル』(Profiles of the Future)で、2100年までの間に実現していく未来のテクノロジーの年表を記しています。検索エンジン、自動翻訳、人工臓器、気象制御、スマートフォン、仮想現実、拡張現実、遺伝子操作、星間探査、生成AIなど、2026年現在の時点で、その多くが現実となっていることに驚かされます。
日本の最初の未来学者たち――小松左京、林雄二郎
日本で最初に、未来学という未来に関する研究を始めた人は、経済企画庁経済研究所所長の林雄二郎という人です。戦後、経済企画庁で長期計画に関わった林は1959~1960年にフランスに留学し、当時の長期計画と未来学を学んだとされています。
林は「未来を考えるということは現在を考えること。現在の社会は常に動き、変化している。その中に、明日の社会の変化の兆候(Signe:シーニュ)というものが必ずある」と主張しました。
林は1965年に「1985年の日本人のライフスタイルを検討する会議」を通じて「林レポート」を提言。1968年には小松左京、加藤秀俊、梅棹忠夫らと未来学を検討しました。1971年には林が初代所長となり、未来工学研究所(IFTECH/現IFENG)を設立しています。
小松左京は1968年に日本未来学会の設立に参加していますが、未来を考える必要がある理由として、
(1)科学技術文明があとになるほど加速され、拡大され、ついにはその変化発展幅とスピードが人類を不安におとしめるほどまでになった。
(2)生きていくために、社会的規模ないし人類的規模で、未来を予測する必要にせまられてきた(*10)。
という2つを挙げています。
*10 『未来の思想』『未来への対話』(小松左京)
原水爆実験や人工知能が登場し、テクノロジーが人類を滅亡させかねないという事実に直面した時代に、人類の未来ということについて、初めて世界中の科学者や知識人が危機感を持って思考を始めたといえます。
林は、『情報化社会』という著作を1969年に記していますが、今(当時の)未来についての洞察の鋭さに驚かされます。たとえば、
・商品やサービスはその1次的な機能よりも「2次的機能/情報的機能」が重要になる
→購買や使用における物語(ストーリー)の重要性
・生活のためにではなく好きで働く人が増える
→副業、ポートフォリオワーカー、ワーケーション
・工業社会が情報社会になるのではなく、農業・工業などすべての産業が情報化する
→DX(デジタル・トランスフォーメーション)
・90年代くらいから各家庭にコンピュータが入り、中央から電話回線を通じてサービスが提供される
→PC、インターネット、クラウド、SaaS、AI、スマートフォン
など、今の情報化社会の本質を50年前にすでに的確に予見していました。



