スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます

インド発の宿泊サービス大手OYO Life(オヨライフ)は、なぜ失敗したのか?Photo: Adobe Stock

焦って大市場にTAMを広げない

 日本は魅力的な市場だ。人口1億2,000万人、世界第4位の経済規模、そして高い購買力を持つ消費者。海外のスタートアップにとって、日本で成功すれば大きなリターンが期待できる。

 インド発の宿泊サービス大手OYO傘下のOYO Life(オヨライフ)は2019年3月から日本で家電・家具付き物件の賃貸サービスを「旅するように暮らす」をコンセプトに事業展開を開始した。しかし、わずか2年余りで事業売却に追い込まれた。

 OYO Lifeはソフトバンクという強力なスポンサー(投資家)を得て、「1年で100万室」という目標を掲げて、日本市場に参入した。インドで成功を収めたOYOの経営陣は、その成功体験をそのまま日本に持ち込めると考えていた。

 しかしOYO Lifeのビジネスモデルには、構造的な問題があった。同社のサービスは大家から物件を借り上げ、家具や家電を設置して付加価値をつけた上で、入居者に転貸するというモデルだった。

 一見すると合理的に見えるが、このモデルには大きな落とし穴があった。

 大家は「できるだけ長く、高い家賃で貸したい」と考える一方で、入居者は「できるだけ安く、柔軟に入退去したい」と望む。OYO Lifeはこの利害が相反する二者の間に立つことになったのだ。

 しかも、日本の賃貸市場は既存の大手不動産会社が強固なポジションを築いており、新参者が割って入る余地は限られていた。

 OYO Lifeは供給者(大家)との関係構築でもつまづいた。成長への焦りから、不適切な条件での契約を結んだり、約束した保証料を支払えなくなったりするケースが続出した。OYO Lifeは問題が山積する中でも、拡大を止めることができなかった。

 投資家からの期待、特にソフトバンクからのプレッシャーもあり、同社は売上高(Topline)の成長を優先し続けた。

 しかし、ユニットエコノミクス(1件当たりの収益性)やPMF(プロダクト・マーケット・フィット)の確立を後回しにしたまま、地理的な拡大を続けることは不可能だった。言うなれば、バケツに大きな穴が開いているにもかかわらず、大量の水をどんどん入れてしまう感じだ(図表1-3-21)。

起業家が犯してしまう典型的なミス

大きな市場の1%を取っていくというのは、起業家が犯してしまう典型的なミス」――投資家のガイ・カワサキ氏のこの指摘は、OYO Lifeにも当てはまる。

 日本の賃貸市場は確かに巨大だが、既に多くの競合他社が存在し、顧客獲得コストは高く、差別化は困難だった。

 サービスに不満を持った顧客の中には、X上で「OYO Life被害者の会」のアカウントを開設する者まで現れた。2021年6月、OYO Japanは最終的にOYO Life事業を霞ヶ関キャピタル傘下のKC Technologiesに売却した。「旅するように暮らす」というコンセプトで始まった野心的な事業は、わずか2年余りで幕を閉じた。

 OYO Lifeの失敗は、スタートアップが大きな市場に飛び込むことの危険性を如実に示している。

 巨大な市場に魅力を感じるのは自然だが、そこには既存の強力なプレイヤーたちが存在し、新参者との競争は熾烈だ。体力のないスタートアップが正面から挑むのは、わざわざ体力を削りに行くようなものである。

 むしろ、注目されていない限定的な市場で圧倒的なシェアを取り、そこで確固たる基盤を築いてから隣接市場に展開していくほうが、はるかに合理的な戦略なのである。

 OYO Lifeの失敗は、この原則を無視した典型的な事例だろう。

まずは局地戦で勝て

小さくてもいいので市場を独占せよ。競争は負け犬がすることだ

 これはピーター・ティール氏の名言である。

 たとえばエンターテインメント市場であれば、いきなり「打倒!大手芸能事務所」とばかりに総合エンタメ企業を目指すのではなく、VTuberという新しいカテゴリーに特化したタレント事業や、バーチャルライブ配信技術、VTuber専用のファングッズ販売などの領域を攻めるのがいいだろう(実際に日本では、ANYCOLORが「にじさんじ」、Coverが「ホロライブ」というブランドでVTuber市場をそれぞれ開拓している)。

 それが達成できれば、その領域のビジネスはあなたの会社にとってのCash Cow(金のなる木)になる。さらにブランド効果と認知度アップも期待できるし、資金調達のハードルも下がるだろう。

 オペレーション経験も積んで効果的な顧客獲得手法も見つければ、事業の採算性であるユニットエコノミクスもかなり健全化されているはずだ。

 そこまで行ったら、次は周辺市場に参入して、TAMを少し広げていくのが最も堅実で、成功確率の高いスケールの仕方である。

 “小さくてもいいので市場を独占せよ。競争は負け犬がすることだ”
 ピーター・ティール PayPal共同創業者

(本稿は増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。