「いつも、考えすぎて損してばかり!!」
日本人は礼儀正しくて、とても優秀……なのに、日々必要以上に思い悩んでいないだろうか?
「“究極の合理思考”を身につければ、もっと楽しくラクになる」――。数十億規模の案件に関わり、インド人部下オペレーションを経験したインド麦茶氏は、「常に自分中心」「短期志向」「無計画で今を生きている」ように見える彼らに「日本人が幸せを謳歌するための“ヒント”」を見出したという。
新刊『インド人は悩まない』では、人口14億・上位1%が富の40%以上を所有する超競争・過密・格差社会を生き抜く人々の「規格外の行動力」と「抜け目なさ」の秘密を紹介している。今回はその魅力の中から一部をお届けする。(構成/ダイヤモンド社・榛村光哲)
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「永久帰国」に憤る日本人
老年期に入るまでは海外で長年過ごし、健康不安を抱えるくらいの年齢になって日本に帰国して手厚い医療や快適な環境で余生を過ごすという、「永久帰国」について、新聞記事をきっかけに議論が巻き起こっている。
これは、留学生や駐在員として限られた期間を海外で過ごしている人々とは異なり、何十年も海外に住み、場合によっては国籍まで変更したにもかかわらず、老後だけ日本に帰って来る人々のことを指す。
「永久帰国」する人々に対する日本の世論の目は厳しい。日本の社会や経済に直接的に貢献してこなかったのに、都合のいい時だけに日本に帰ってきて、生産や納税をほとんど行わずに手厚い福祉制度の恩恵だけを得るのはあまりに不公正だという意見が噴出している。この感覚は至極当然で、日本の人々が憤りを覚えるのは無理もない。
「ずる賢い人」を前提にされたルール
ただ、個人の倫理観を責めてもしかたがない。個人にとってその行動が最適行動になってしまう制度設計に問題の根本がある。
インドで暮らしていると、様々な制度やシステムが、「嘘つき」や「ずる賢い」人の存在を前提で構築・運営されていることを実感する。
駐在員として身近なところでは、一旦インドの居住者になると、その後自分の国に帰国しても、旅行などの用事でインドに年間60日以上滞在すると、再びインドで納税義務が発生する。つまり、形だけインドの義務から逃れ、都合のいい時だけ行ったり来たりする人々をからめとる仕組みになっている。(税制は常に改正されているため、記事作成時点のもの)
インドで「宿泊代の2倍」の値段をデポジットされるワケ
公的な制度のみならず、ホテル代金の支払い方法についても、「ずる賢い」や「嘘つき」な人々の存在を想定している。チェックインする時に全て払うだけでなく、実際の宿泊代の2倍くらいの料金をデポジットとしてカードに一旦チャージされるのだ。その目的は、ホテルの物を盗んだり壊したりする人への対策である、日本ではなじみがないと思うが、海外ではインドに限らず同じような慣習がある国がそれなりに多い。
「永久帰国」問題に登場する海外生活者のように、海外に移住するくらいのバイタリティーと知能があれば、当然自分の人生にとってどんな選択肢が最適か考え、制度に穴があればそれを突いたような選択を“合法的”に行うくらいの機転が利く。むしろ、そんな穴があれば当然利用するくらいの心の強さがないと、異国の競争の中で生き残ることはできない。本人たちからすればルールには何ら抵触していないので、非難されることについて不思議に思っているはずだ。
ずる賢いのではなく「合理的選択」
永久帰国者が、日本の社会システムにフリーライドしている形になっていたとしても、本人たちを責めるのはお門違いだ。彼らは、個人として合理的な選択をした結果に過ぎない。本当の問題は、性善説をもとに作られている制度そのものだ。「ずる賢い」人々がいち早くその穴に気付いて「永久帰国」に動いた時に、簡単にフリーライドを許してしまう制度設計だけでも見直す必要がある。そうしなければ、それぞれの持ち場で日本の社会を守りながら何十年も働いている人々が報われない。
インドのような環境でビジネスや生活をしていると、相手がどのようにこちらから収奪しようとしているのか考えるのが日常になっているので、「性善説」から「性悪説」への頭の切り替えは容易だが、なかなかその感覚を日本に居ながら育てるのは難しい。『インド人は悩まない』では、インド民の生活や考え方を見つめることで、日本人が普段あまり考えることがない「収奪から身を守って生きていく思考法」も説明していく。
(本記事は『インド人は悩まない』に関する特別な書き下ろし原稿です)









