「大丈夫?」「大丈夫です」――職場で一日に何度も交わされているであろうこのやり取りが、実はチームの問題を見過ごす「罠」になっていることがあります。「大丈夫です」と言っていた部下が、突然休職したり、退職したりするケースがしばしばあるからです。なぜ、そんなことが起きるのか?上司はどう対応すればよいのか?この記事では、カウンセリングやコーチングを通じて、1万人のリーダーを支援してきた櫻本真理さんに、部下の「苦しさ」をキャッチするコツについてまとめていただきました。

部下の「大丈夫です」を真に受けてはいけない…手遅れになる前に気づくべき「サイン」Photo: Adobe Stock 写真はイメージです

部下の「言葉」を真に受けてはいけない

 あるIT企業のマネジャーから、こんな話を聞きました。

「いちばん信頼していたメンバーが、突然休職することになったんです。直前の1on1でも『大丈夫です』と言っていたのに。何も気づいてあげられなかった」

 彼は自分を責めていましたが、私は「気づけなくて当然です」とお伝えしました。

 なぜなら、彼が意識を向けていたのは「言葉」だったからです。上司が部下の状態を把握しようとするとき、注意すべきは「言葉」ではありません。

「大丈夫です」という言葉が意味するものとは

 なぜなら、部下の「大丈夫です」は「事実の報告」ではなく、必要に迫られて絞り出す「その場しのぎの応答」だからです。

 特に、心理的リソース――「面倒くさいけど、やるぞ」と奮起する心のエネルギー――が枯れかけている人には、「大丈夫じゃない」と言うためのエネルギーが残っていません。

 現状を説明し、相手の反応を受け止め、調整の交渉をする――。「大丈夫じゃない」と言うことは、実はかなりの心理的リソースの消費を伴う仕事なのです。正直に「大丈夫ではありません」などと言ってしまえば、「何で?」「何がダメなの?」などの負荷の高いコミュニケーションに巻き込まれてしまうことが目に見えているからです。

 だから、本当に消耗している部下ほど、いちばん心理的リソースの消費が少なくてすむ応答を選びます。それが「大丈夫です」なのです。

言葉ではなく「見た目・行動・成果の変化」を見る

 では何を見ればいいのか。部下から発せられる言葉ではなく、「見た目」「行動」「成果」の変化です。

 次のようなサインは、心理的リソース残高の低下を示していることがあります。

・会議での発言が「意見」から「確認」だけになった
・以前は出ていた雑談・冗談が消え、返信が定型文になった
・仕事の質は保たれているのに、納期ぎりぎりが増えた
・「ありがとう」「助かりました」を言わなくなった
・表情から笑顔が消え、声のハリがなくなった

 どれも勤怠データや本人からの申告には表れません。しかし、「以前のその人」と比べたときの変化として、確実に観察できることです。ポイントは、何をしているか、どう見えるかという事実よりも、「以前のその人」との「差分」で見ることです。

「大丈夫?」の代わりに聞くこと

 サインに気づいたら、「大丈夫?」と聞きたくなります。でも、この質問は相手に「大丈夫です」と応答させる質問です。代わりに、こう聞いてみてください。

「最近、どの仕事がいちばんエネルギーを消費してる?」

 状態のよしあしではなく、エネルギーの使い先を聞く。これなら部下は自分を「弱い」と認めることなく、事実を話せます。「あの調整業務が地味に重くて……」と話し始めたら、それが本当の「大丈夫じゃない」です。

 そしてもうひとつ。話してくれたことそのものに、必ず感謝を返してください。「言ってくれて助かった」という一言だけでも、枯渇しかけていた心理的リソースは、少し満たされるのです。

 注意点をひとつ。サインに気づいても、いきなり業務を取り上げたり、腫れ物に触るような扱いをしたりしないでください。「弱っている人」として扱われること自体が、本人のプライドを傷つけ、心理的リソースをさらに削ります。あくまで通常の1on1の中で、エネルギーの使い先を一緒に点検する。その自然さが、本人が話すためのコストを下げるのです。

チームの危機は、見えやすい「言葉」ではなく、むしろ「沈黙」としてやってきます。「大丈夫です」の裏側に隠されている、心理的リソースの消耗にアンテナを立てることが、上司として求められることなのです。

櫻本真理(さくらもと・まり)
株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。