「東京生まれでいいな」「実家が裕福でうらやましい」「帰国子女だからセンスが違う」。誰もが一度は、そんなふうに他人の“生まれ持ったもの”を羨ましく思ったことがあるだろう。しかし、その嫉妬は本当に正しいのだろうか。累計420万部超のヒットマンが『左ききのエレン』のかっぴー氏は、「人生は持っているカードだけでは決まらない」と語る。今回は、一見すると最強にも思える「東京生まれ東京育ち」というカードを例に、自分の中の天才を見つける「カード思考」の一端を紹介する。

「東京生まれ東京育ち」なのに使えない人の特徴・ワースト1Photo: Adobe Stock

「東京生まれ東京育ち」なのに、使えない

「東京生まれ東京育ちです」

そう聞くと、どこか羨ましく感じる人もいるだろう。子どもの頃から美術館や劇場が身近にあり、流行やカルチャーにも自然と触れられる。感性も磨かれやすく、人脈にも恵まれそうだ。実際、そのカードが武器になる場面はある。

だが、それだけで活躍できるわけではない。むしろ、そのカードを持っている人ほど陥りやすい落とし穴がある。

それが、「自分のカードを知らないこと」だ。

「なんとなく上質」な空気のデザイナー

僕がこのことを考えるようになったのは、大学時代だった。

同級生に、いつも洗練されたデザインをつくる友人がいた。技術だけでは説明できない。「なんとなく上質」な空気が作品から漂っている。

なぜ彼だけ違うのだろう」。そう思っていたある日、彼が東京生まれ東京育ちで、比較的裕福で文化的な家庭で育ったことを知った。

その瞬間、妙に納得した。幼い頃から積み重ねてきた経験が、そのまま作品の質感になっているのだ、と。

「田舎育ち」も武器になる

一方、僕は田舎育ちだった。

「東京生まれ東京育ち」のカードは、どれだけ努力しても手に入らない。最初は少し悔しかった。

しかし、同時にこうも思った。

「向こうも、田舎育ちにはなれない」

つまり、お互いに持っていないカードがあるのだ。

そこで僕は、「東京生まれ東京育ちになれないなら、田舎育ちを武器にしよう」と考えた。都会への憧れや劣等感。大衆感覚。泥臭さ。そういうものを作品に乗せれば、自分にしか作れないものになるかもしれない。

適切に嫉妬しろ

ここで重要なのは、「東京生まれ東京育ち」が強いカードだった、という話ではない。

もっと重要なのは、そのカードを本人が理解しているか「東京生まれ東京育ち」というカードを強みだと思えているかどうかだ。

生まれ育った環境から自然に身についたものかもしれない。しかし、それを「自分はこういう環境で育ったから、この強みがある」と客観視できる人が、自分の実力を、適切な環境で発揮できるのだ。

カード思考では、他人を見て嫉妬すること自体は悪くない。むしろ、嫉妬はヒントになる。

「あの人は何のカードを持っているんだろう」

そう考えることが、自分の持ち札を探す第一歩になる。

「カードの優劣」をつけても意味がない

問題なのは、「あいつは強いカード、自分は弱いカード」と優劣で考えてしまうことだ。他人のカードを羨ましがっている時間が一番もったいない。

書籍『天才になれなかった全ての人へ 自分だけの武器が見つかる才能論』では、「カードに優劣などない」と書いた。これは、綺麗事でもなく本心だ。カードには必ず裏面がある。「かわいげ」の裏には「頼りなさ」があるし、「几帳面」の裏には「融通が利かない」がある

社会には、万能カードなど存在しない。高級ブランドの広告なら、「東京生まれ東京育ち」のカードは強いかもしれない。一方で、ファミリーレストランやディスカウントストアの広告なら、「田舎育ち」の感覚が切り札になることもあるかもしれない。

カードの価値は、環境によって変わる。だから人生で大切なのは、強いカードを探すことではない。自分が何を持っているのかを知り、そのカードが最も輝く場所を探すことだ。

(本記事は書籍『天才になれなかった全ての人へ 自分だけの武器が見つかる才能論』に関する書き下ろし原稿です)