「東京生まれでいいな」「実家が裕福でうらやましい」「帰国子女だからセンスが違う」。誰もが一度は、そんなふうに他人の“生まれ持ったもの”を羨ましく思ったことがあるだろう。しかし、その嫉妬は本当に正しいのだろうか。累計420万部超のヒットマンが『左ききのエレン』のかっぴー氏は、「人生は持っているカードだけでは決まらない」と語る。今回は、一見すると最強にも思える「東京生まれ東京育ち」というカードを例に、自分の中の天才を見つける「カード思考」の一端を紹介する。
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「東京生まれ東京育ち」なのに、使えない
「東京生まれ東京育ちです」
そう聞くと、どこか羨ましく感じる人もいるだろう。子どもの頃から美術館や劇場が身近にあり、流行やカルチャーにも自然と触れられる。感性も磨かれやすく、人脈にも恵まれそうだ。実際、そのカードが武器になる場面はある。
だが、それだけで活躍できるわけではない。むしろ、そのカードを持っている人ほど陥りやすい落とし穴がある。
それが、「自分のカードを知らないこと」だ。
「なんとなく上質」な空気のデザイナー
僕がこのことを考えるようになったのは、大学時代だった。
同級生に、いつも洗練されたデザインをつくる友人がいた。技術だけでは説明できない。「なんとなく上質」な空気が作品から漂っている。
「なぜ彼だけ違うのだろう」。そう思っていたある日、彼が東京生まれ東京育ちで、比較的裕福で文化的な家庭で育ったことを知った。
その瞬間、妙に納得した。幼い頃から積み重ねてきた経験が、そのまま作品の質感になっているのだ、と。
「田舎育ち」も武器になる
一方、僕は田舎育ちだった。
「東京生まれ東京育ち」のカードは、どれだけ努力しても手に入らない。最初は少し悔しかった。
しかし、同時にこうも思った。
「向こうも、田舎育ちにはなれない」
つまり、お互いに持っていないカードがあるのだ。
そこで僕は、「東京生まれ東京育ちになれないなら、田舎育ちを武器にしよう」と考えた。都会への憧れや劣等感。大衆感覚。泥臭さ。そういうものを作品に乗せれば、自分にしか作れないものになるかもしれない。
適切に嫉妬しろ
ここで重要なのは、「東京生まれ東京育ち」が強いカードだった、という話ではない。
もっと重要なのは、そのカードを本人が理解しているか「東京生まれ東京育ち」というカードを強みだと思えているかどうかだ。
生まれ育った環境から自然に身についたものかもしれない。しかし、それを「自分はこういう環境で育ったから、この強みがある」と客観視できる人が、自分の実力を、適切な環境で発揮できるのだ。
カード思考では、他人を見て嫉妬すること自体は悪くない。むしろ、嫉妬はヒントになる。
「あの人は何のカードを持っているんだろう」
そう考えることが、自分の持ち札を探す第一歩になる。
「カードの優劣」をつけても意味がない
問題なのは、「あいつは強いカード、自分は弱いカード」と優劣で考えてしまうことだ。他人のカードを羨ましがっている時間が一番もったいない。
書籍『天才になれなかった全ての人へ 自分だけの武器が見つかる才能論』では、「カードに優劣などない」と書いた。これは、綺麗事でもなく本心だ。カードには必ず裏面がある。「かわいげ」の裏には「頼りなさ」があるし、「几帳面」の裏には「融通が利かない」がある
社会には、万能カードなど存在しない。高級ブランドの広告なら、「東京生まれ東京育ち」のカードは強いかもしれない。一方で、ファミリーレストランやディスカウントストアの広告なら、「田舎育ち」の感覚が切り札になることもあるかもしれない。
カードの価値は、環境によって変わる。だから人生で大切なのは、強いカードを探すことではない。自分が何を持っているのかを知り、そのカードが最も輝く場所を探すことだ。
(本記事は書籍『天才になれなかった全ての人へ 自分だけの武器が見つかる才能論』に関する書き下ろし原稿です)






