よく考えているのに、話が薄い。そんな人がいる。真面目で、勉強熱心で、ちゃんと考えている。それなのに、話し終わったあとに何も残らない。一方で、言葉数の少ない人の一言が、なぜか耳から離れない。この差はどこで生まれるのか。アパレル史上最年少で上場した株式会社yutori社長・片石貴展氏が新刊で指摘するのは、考えている人ほど深くはまり込む、たった一つの落とし穴だ。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局/淡路勇介)
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考えた時間ではなく、考えた「方向」で差がつく
一生懸命考えているのに話が薄い人。
その特徴のワースト1は、考えた末に、きれいな結論を出してしまうことである。
意外に思われるかもしれない。
考えて答えを出すのは、いいことのはずだ。だが問題は、その答えがどこから来たかにある。
真面目な人ほど、考えるゴールを「他人に説明できる正解を出すこと」に置く。
だから思考は、わかりやすさに向かって上っていく。
そして最後に着地するのが、「要はコスパの問題ですよね」「心理的安全性が足りていない」といった、どこかで見たことのある言葉だ。
一時間考えても、三日考えても、出口が借り物なら、通った道は自分のものにならない。差がつくのは、考えた時間の長さではなく、考えた方向なのだ。
語彙を増やしても、意味がない
ではどうすればいいのか。片石氏はまず、多くの人が真っ先に手をつける方法を退ける。
野球がうまい人は、バットの種類を増やすのではなく、ボールをよく見ます。
――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より
見るべきは、外にある言葉ではなく、自分の心の細部だということだ。片石氏は、この細部を“日だ”と呼ぶ。
――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より
薄いのは、中身が足りないからではない。表面がなめらかすぎるから、誰の心にも引っかからないのだ。
「なぜ」を繰り返した先に、何があるか
片石氏が使うのは、トヨタ生産方式で知られる「なぜなぜ分析」である。
表面的な要因で満足せず「なぜ?」を5回繰り返し、根本原因を突き止めるフレームワーク。
ただし片石氏は、これを目的を変えて使う。
だれかのプレゼンを見て「すごい」と感じた瞬間、そこで止めずに自分に問う。
なぜすごいと感じたのか。資料の構成がよかったから。構成の何がよかったのか。売上の話から、急に自分の友達の話へ切り替わったところ。なぜそれが刺さったのか。本当に伝えたいことが、むき出しになった気がしたから。
そうやって降りていくと、やがて、答えの出ない場所に行き当たる。
(中略)
言葉のひだを細かくしていき、論理の階段を降りきった先にあるのは、論理では説明できない、説明不可能な感想なのです。
「なぜかわからないけど、私はこれを大事にしている」
「理由はないけど、この瞬間に泣きそうになる」
「説明できないけど、これだけは譲れない」
実はここから先が、自分の言葉の領域です。
――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より
「わからない」は、思考の失敗ではない。そこまで降りられた人だけが手にする、到達点である。
話が薄い人は、ここまで降りない。降りる前に、きれいな結論を拾って引き返してしまう。
薄い話は、あなたの話ではない
きれいな結論が悪いわけではない。ただ、それは誰にでも言える言葉だ。
誰にでも言える言葉は、誰の心にも引っかからない。
何時間考えたかは、聞いている側には関係がないのだ。
考えるとは、答えを増やすことではなく、自分の輪郭を増やすことなのである。
話が薄いと言われる人は、中身がないのではない。中身にたどり着く前に、引き返しているだけだ。
次に何かに「すごい」と思ったら、そこで止めないほうがいい。
何度か、自分に問う。行き止まりに突き当たったら、そこが自分の言葉の入り口だ
(本稿は、『自分の言葉で話せるようになりましょう。』の一部を引用したオリジナル記事です)









