「必ずもうかる」「元本保証」――スマホ越しに届くこうした誘いに、冷静で賢いはずの人ほど、なぜ動いてしまうのか。SNS投資詐欺が急増する令和のいま、それを個人の愚かさではなく「絶望の構造」の問題としてとらえ直し、経営思想家ピーター・ドラッカーの視点から読み解く。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

ドラッカー 虚言こそ真理

「必ずもうかる」への違和感

「絶対に損はしない」「元本は保証される」――スマホ越しに、そんな言葉が日々流れてくる。SNSを入り口にした投資詐欺は、令和のいま、すぐそばの現実だ。

 警察庁によれば、令和7年(確定値)のSNS型投資詐欺の認知件数は9523件、被害額は1288億円にのぼる。前年から認知件数は48.5%も増え、被害はなお拡大している。「うまい話などない」と誰もが知る社会で、それでも人が奇跡に手を伸ばす現実が、ここにある。

 警察庁は、被害を広げる広告の典型的な文言として「必ずもうかる」「元本保証」を名指しし、注意を呼びかけている。ふだんは冷静で賢い人ほど、なぜこの明らかに出来すぎた言葉に動いてしまうのだろうか。

 その謎を解く手がかりが、ドラッカーの最初の著作『「経済人」の終わり』にある。第二次世界大戦の前夜、彼は人間が理性を手放していく瞬間を、間近で見つめていた。

ドラッカーが見た「魔物」

 本書でドラッカーが描くのは、大戦と大恐慌を経て、人々が「社会は理性ではなく、目に見えない不合理な力に支配されている」と感じ始めた時代だ。彼はこの力を「魔物」と呼ぶ。

 失業も戦争も、いつ襲うか分からず、避けることも闘うこともできない。旧来の秩序ではこの魔物を追い払えないと悟ったとき、大衆は理性を超えた奇跡にすがり始める。ドラッカーはその渇望をこう記す。

唯一残された希望は、これらのいずれでもないパンの値段、誰も知らないパンの値段、合理に反するパンの値段である。

――『「経済人」の終わり』より

「合理に反するパンの値段」とは、常識では説明がつかない、それでも絶望した人だけが信じられる答えのことだ。魔物に囲まれた人間にとって、理性はもう頼れる味方ではない。

 そして絶望が理性を無力にするとき、人はうそのなかにこそ真実を見いだそうとする。ドラッカーは、絶望のただ中にある大衆の心理を鋭く言い当てる。

大衆に対しては奇跡への希望を与えなければならない。絶望の深みにある大衆にとって、理性は信じられず、真理は虚偽に違いなく、虚言こそ真理に違いない。

――『「経済人」の終わり』より

 うそこそが真理に見える――これがドラッカーのとらえた絶望の構造だ。奇跡を約束する者にこそ、人は吸い寄せられていく。

賢さが盾にならない理由

「自分だけは大丈夫」――そう思っている人ほど、実はこの構造から遠くないのかもしれない。

 だまされる人を「愚かだ」と切り捨てないことが大切だ。ドラッカーが見つめたのは個人の頭の良し悪しではなく、人を追い詰める絶望そのものの構造だった。

 むしろ、真面目に将来を考える人ほど、この構造にとらえられやすいのかもしれない。老後の資金、上がり続ける物価、増えない賃金――令和を生きる多くの人が、お金の未来に静かな不安を抱えている。

 たとえば、こんな場面だ。堅実に働き、投資の勉強も欠かさない人が、SNSで「この手法なら元本保証、年利20%」とささやく相手に出会う。送金先として暗号資産(仮想通貨)を指定されるのも、近ごろ増えている手口だ。ふだんなら怪しむ話が、将来への不安が深いほど、唯一の出口に見えてしまう。

 不安が深いほど、理性の警告は遠ざかり、甘い言葉が真実のように聞こえてくる。賢さは、絶望の前では必ずしも盾にならない。その油断こそが、かえって判断を鈍らせるのだ。

すでに起こった未来を見る

 では、私たちは絶望の構造にただ飲み込まれるしかないのか。そうではない、とドラッカーの仕事は教える。本書は、多くの人が気づかないうちに、社会が奇跡を求めて暴走する兆しを、いち早く見抜いた記録でもあった。

 ドラッカーが後年まで説いたのは、すでに起こった未来を見るという姿勢だ。未来は突然来るのではなく、その芽はすでにいまの現実に現れている。だから変化を予言するのではなく、足元の兆しを冷静に読むことに意味がある、ということだろう。

 増え続ける投資詐欺の件数は、私たちの社会に「お金の未来への絶望」が静かに広がる兆しなのかもしれない。だとすれば「必ずもうかる」は、私たちを脅かす魔物であると同時に、その絶望を映す鏡でもある。

 奇跡は、私たちを救ってはくれない。けれど、自分の内にある不安の構造に気づき、甘い言葉を「兆し」として静かに読み解くこと――その積み重ねこそが、魔物に飲み込まれないための確かな一歩になるはずだ。

*本記事は、書籍、『「経済人」の終わり』の一部を抜粋・編集したものです。