こうしたもくろみの根底には、課長になれないことへの「ルサンチマン」が潜んでいたと考えられる。
行き場のない羨望が
ケチに変わる
何にでもケチをつける男性の胸中には、羨望、つまり他人の幸福が我慢できない怒りも潜んでいる可能性が高い。自分も昇進したくて、若い頃は頑張りすぎるほど努力を重ねていたにもかかわらず、課長の一歩手前のポジションで足踏みする羽目になった。一方、同期は自分よりも先に課長に昇進した。その幸福が我慢ならなかったのだろう。
だからこそ、同期が手にした幸福にケチをつけたと考えられる。喉から手が出るほどほしいのに、自分は手に入れられない幸福に他人が浸っているのを見ると、そのネガティブな面をいちいち指摘して、価値を否定せずにはいられない。
この男性が吐いた毒を含んだ言葉はすべてこの文脈で理解できる。新しいプロジェクトを立ち上げようと頑張っている後輩に出鼻をくじくようなことを言うのは、自分も何か企画を出して、上司に認められ、プロジェクトリーダーとして活躍したいという承認欲求があるからだろう。
だが、自分には新たな企画を考え出す力はない。第一、直属の上司と反りが合わないので、せっかく企画を出しても、却下されかねない。
そういう状況で後輩が出した企画が認められ、新しいプロジェクトの立ち上げに向けて予算までついたのだから、嫌みの一つも言いたくなっても不思議ではない。
課長になりたいけれど、なれない現実に対する「ルサンチマン」。そして、課長になれた同期やプロジェクト立ち上げに頑張っている後輩への羨望。この2つが密接に結びつき、行き場のないドロドロとした感情が“正論”を吐くとか、ケチをつけるとかいう形で噴出するのであり、復讐願望もからんでいる。
壮大な理想を語る人ほど
現実を見ていない
職場のミーティング中、やたらと難解なカタカナ語や専門用語を積極的に使いたがる人がいる。その場のメンバー全員が理解できそうな言葉を使えばいいのに、あえて博学を誇示するようなキーワードを持ち出し、大きな構想を展開するのだが、こういうタイプはしばしば周囲が引くほどの理想論を語りたがる。







