たとえば、ある保険会社では30代の男性社員が「月1000万円の契約を取れるように変革すべきだ」と壮大な理想を語る。もっとも、彼の営業成績は部署で最低ランクであり、現実がうまくいっているとは到底いえない。
これはある種の「現実逃避」にほかならない。自分の置かれている現状が惨めで、承認欲求が満たされていないからこそ、目を逸らすために高い理想を語らずにはいられないのだ。
この男性に限らず、高すぎる理想を掲げる人はしばしば「現実否認」によって「幻想的願望充足」に陥っている。「現実否認」とは、目の前の受け入れ難い現実を認めようとしない心の働きであり、「幻想的願望充足」とは、「こうだったらいいのに」という願望と、「こうである」という現実を混同してしまうことを指す。
本来、「自分は成績が悪い」というのが現実であり、「月1000万円の契約を取れる」というのは願望にすぎない。しかし、この2つを脳内で混同してしまう。「理想とする自分」こそ本当の姿だと思い込みたいし、周囲からもそう見られたい。だからこそ、現実離れしたビッグマウスに酔いしれるのである。
理想論だけの人と
有言実行する人の差は2つ
もちろん、世の中には周囲の目に非現実的と映るような高すぎる理想を掲げることで自分を鼓舞し、実際に成功する人もいる。いわゆる「有言実行」タイプだ。単に理想論を語るだけで終わる人と、実際に成功する人の違いはどこにあるのだろうか。その差は、2つある。
(1)現実をきちんと直視できるか
(2)理想に向けて地道な努力ができるか
『生きづらさの正体』(片田珠美 宝島社新書)
この2つができている人は、高い理想を掲げてもそこに到達できるだろう。しかし、理想論を語るだけの人は、そもそも現実を見ていないことが多い。同僚と話しているのに、あえて伝わらないような難しい言葉を使うのが、まさにその証拠である。こういうタイプは、高尚な言葉で自分を飾り立てて底上げすることによって、惨めな現状から目を逸らそうとしているにすぎない。
もっとも、無意識のうちに惨めな現実から目を逸らしたくなることは誰にでもあるかもしれない。そもそも、自分の現状を100%正しく認識できている人は、ほとんどいない。私自身も含め、人間は誰しも、ある程度は自分を「現実よりもいいように」思いたい生き物だからだ。もし100%の現実を直視してしまったら、多くの人はつらすぎてうつになってしまうのではないか。
みな、多少の「ずれ」を抱えながら生きている。高すぎる理想を掲げる人は、その「ずれ」があまりにも大きすぎるのだ。その根底には満たされない承認欲求が潜んでいることが多い。







