「心が折れる人」と「折れない人」。その差はどこにあるのか?
ある日突然、会社を辞め、家を売り、無線機も持たずに航海に出た夫婦。自作した船でイギリスからニュージーランドに向かったが、ガラパゴス沖で突如クジラに襲撃され海に投げ出された。事実は小説より奇なり。118日間、生死をさまよう最上級のスリルと人生模様を堪能できる全米ベストセラー『極限の漂流118日間』をもとに、「心が折れる人と折れない人の違い」をライター照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)

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厳しい面接後に届いた「意外な」知らせ

 以前、転職活動中にある会社で厳しい面接官に当たった。
 私の返答にほとんど表情を変えず、言葉に詰まるとそこを突くように質問を重ねてくる。何を言っても間違っている気がして、面接が終わるころには「こりゃ落ちたわ」と確信していた。

 ところが、しばらくして役員面接の案内が届いた。
 なぜ通ったのかよくわからないまま会場へ向かうと、進行役として先日の面接官が座っていた。
 こちらの話にうなずきながら、時折笑顔まで見せる。
 本当に同一人物なのだろうか?
 なんだか拍子抜けした。

極限状況でも「折れない人」は何が違うのか?

「極限を生き抜いた夫婦の悲哀を描いた傑作! 危機を脱するのに必要なのは希望と愛だ」と佐藤優氏が評した『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著/村井章子訳)には、マラリンがサメを立て続けに三匹も捕まえてしまうシーンがある。

この事態にふたりは笑い転げる。
笑いが笑いを呼んで止まらなくなるこの感じは、長いこと忘れていたものだった。
餓死の恐怖に怯え、変色した水や腐りかかった肉を食べてさんざん苦しんだ挙句に、置き場所に困るほどのサメを手に入れるとは!
これが笑わずにいられようか。

――『極限の漂流118日間』より

 漂流はまだ終わっていない。問題が解決したわけでもない。
 ここで生まれたのは、安心したから出た笑いではなかった。
 追いつめられていた状況が思いがけない形でひっくり返る。その落差が、重苦しい空気をふっとほどいたのだ。

 つらいときに気持ちがふっと軽くなるのは、良い知らせだけではない。
 あまりに想定外のことが起きると、深刻な状況の中でも、思わず力が抜けることがある。その一瞬のゆるみで、苦しい時間の見え方が少し変わる。

張りつめた毎日を過ごしている人へ

 仕事のプレッシャーや生活の不安が続くと、まじめな人ほど、気持ちまでずっと固めていなければならないと思いやすい。

 しかし、気を張り続けているだけでは、いつか疲れきってしまう。
 時々、力が抜ける瞬間があるからこそ、また頑張れる。

 本書は、極限の漂流を悲壮感だけで描かず、思わず笑ってしまう場面まで丁寧にすくい取っている。
 仕事や生活に追われ、少しでも息をつく時間がほしい人には多くの気づきがあるかもしれない。