会社を辞め、家を売り、無線機も持たずに航海に出た夫婦。自作した船でイギリスからニュージーランドに向かったが、ガラパゴス沖で突如クジラに襲撃され海に投げ出された。事実は小説より奇なり。118日間、生死をさまよう最上級のスリルと人生模様を堪能できる全米ベストセラー『極限の漂流118日間』から、「ふたりが絶望の淵に立たされた時、何を拠り所に生きるか」についてライターの小川晶子氏が特別レポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)

極限状況で「書くこと」が人生の支えになる理由Photo: Adobe Stock

サバイバルに必要なもの

「無人島に何か一つ持っていくなら、何にする?」
よく見かけるテーマだ。
先日、サバイバルに興味のある小学生の息子たちとこのテーマで話し合った。
一つというのは厳しすぎるから、三つにしよう、いやもっと必要だと言いあっているうちに結局10個選ぶことになった。(食料、水は現地調達を前提にしている)
絶対に外せないのは、ナイフ、ガスバーナー、鍋だと息子が言う。
「あとはロープもあったほうがいいな。釣りに使えるから針も欲しい。衛生面では…、タオルと消毒液」
どれもこれも納得である。
でも、まだ空きがあるなら「紙とペン」を入れてほしいと私は言った。

「極限状態」で紙を探す

生きるか死ぬかという状況のときに、紙とペンなんて要らないと思うのが普通かもしれない。
でも、『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著/村井章子訳)を読んで私は絶対に書くものが欲しいと思ってしまった。

『極限の漂流118日間』は、イギリス人夫妻の船が難破し、救命ラフトと手漕ぎボートのみで118日間も太平洋を漂流したというノンフィクションだ。

すぐに絶望した夫のモーリスに対し、妻マラリンは希望を捨てなかった。
マラリンのあきめない気持ちがモーリスを元気づける。
それでも、食料が底を尽き、自分たちが明らかに衰弱していくことを感じてマラリンも「絶望がひたひたと近づき、死がもう遠くはなかった」と日記に記している。そして、日記のページがなくなってしまうと、マラリンはとにかく紙を探した。

人間は、孤独から抜け出すために書くことがある。そしてまた、生きるために書くこともある。肉体は痩せ衰えても、マラリンは言葉で、文章で、自分を生かした。
その日起きたことがどんなにひどいことでも、その日は現実のものだし、彼女自身の書く力はすこしも脅かされてはいない。書くことは生きている証だった。
――『極限の漂流118日間』より

「書くこと」が人生の支えに

モーリスとマラリンは奇跡的に助かったため、当時書いていたものが本になった。その後の人生を助けてくれるものとなった。
しかし、それは結果論だ。
極限の状況で、生きることをあきめないために書くことが必要だったのである。

生還後、夫のモーリスも「書くこと」が人生の支えとなる。
晩年のモーリスは、友人に手紙を書くことで孤独を癒した。
愛とは何か、生きるとは何かを考えさせるモーリスの「手紙」は涙なしでは読めない。ぜひ本で確認してほしい。