会社を辞め、家を売り、無線機も持たずに航海に出た夫婦。自作した船でイギリスからニュージーランドに向かったが、ガラパゴス沖で突如クジラに襲撃され海に投げ出された。事実は小説より奇なり。118日間、生死をさまよう最上級のスリルと人生模様を堪能できる全米ベストセラー『極限の漂流118日間』から、「夫婦が直面した絶望の津波が何度も襲ってくる海のサバイバル」についてライターの小川晶子氏が特別レポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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ふたりだけの世界
この世界に、愛する人とふたりきりだったらいいのに……。
そんな甘っちょろいことを、はるか昔には考えたことがあった気がする。
余計な人間関係に煩わされず、人と比べたりせず、ただただ愛を感じて生きるのである。
しかし当然だが、そんな甘い現実はない。
むしろ、過酷極まりないのである。
尊厳を失っていく日々
ノンフィクション『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著/村井章子訳)は、仲の良い夫婦が太平洋の上でふたりきりになり、生き抜く話だ。
クジラとの衝突により船を失い、小さな救命ラフトとゴムボートのみで漂流する。
通信機器はなく、世界中の誰にも自分たちの状況を知らせることができない。
あまりにも広い海に、たったふたりで浮かんでいるのだ。
愛する人と一緒なら、どんな困難も助け合い、励まし合って乗り越えられる……。
もちろん、そう思いたい。
しかし、現実はきれいごとではすまされないと思い知らされる。
夫モーリスと妻マラリンは、持参していた食料が底を尽くと、ラフトの近くを泳ぐウミガメを殺し、血まみれになってそのウミガメの肉を生で食べた。
着替えもなく、服はボロボロになり、ほとんど裸のような状態になる。
しかも、毎日ボートに置いた缶で用を足さなければならない。お互いの目の前でだ。想像するだけで辛い、辛すぎる。
だがいまは、日に日に顔から肉が落ちて口や目のまわりに深い皺が入り、ひどく歳をとったように見える。とがった肩甲骨が背中から飛び出していた。モーリスは、自分が彼女にまったく欲望を感じないことに気づいた。
――『極限の漂流118日間』より
生きるために必死なのだから無理もない。
もしどちらかが先に死んでしまったら?
しかし、ふたりの愛は失われず、互いに思いやる気持ちは消えることはなかった。
モーリスが病気になってしまったときは、マラリンは必死に看病し、言葉をかけて元気づけ、ボートから水を出すなどの仕事を一人でこなした。
丸まって横になり、死の淵をさまようモーリスの隣で、マラリンはどんなに心細かっただろう。
もし愛するパートナーがここで死んでしまったら? ふたりは、もしものときのために死者の肉を食べる可能性について話し合ったこともあったという。
でも、あまりにもおぞましくて具体的に考えることはできなかった。
このときのマラリンの気持ちを想像すると、胸が痛くなってしまう。
118日間にわたる漂流の後、ふたりは奇跡的に救出された。
まさに愛によって困難を乗り越え、生還することができたのである。
本書はあらためて愛とはどういうものか考えさせてくれる。








