会社を辞め、家を売り、無線機も持たずに航海に出た夫婦。自作した船でイギリスからニュージーランドに向かったが、ガラパゴス沖で突如クジラに襲撃され海に投げ出された。事実は小説より奇なり。118日間、生死をさまよう最上級のスリルと人生模様を堪能できる全米ベストセラー『極限の漂流118日間』から、「海で遭難した人しかわからない想像を絶するストレス」についてライターの小川晶子氏が特別レポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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偉業を成し遂げてスターになってみたい
何か偉大なことを成し遂げてスターになってみたい。
誰しも一度は夢見たことがあるのではないだろうか。
「なぜこのようなことができたのですか?」
「あきらめそうになったことはありませんか?」
インタビューに答え、テレビに出演し、雑誌の表紙を飾る。
みんな、私の話を喜んで聞いてくれるのだ。
だってすごいことを成し遂げたのだから。きっと誇らしい気持ちだろう。
118日間の漂流から生還したふたりに世界が大注目
1973年にスターになったのが、イギリス人のモーリスとマラリンの夫婦だ。
ふたりは、118日間にもわたる漂流からの生還という偉業を成し遂げた。
沈む船から脱出して小さな救命ラフトとゴムボートで太平洋を漂い、食糧が底を尽きたり嵐にあったり、何度も絶望しながら奇跡の生還を果たしたのである。
世界中のメディアが注目し、大勢の記者やカメラマンが殺到した。
特に人づき合いが苦手で、周囲に「バカにされている」と感じていたモーリスにとって、人生の逆転劇が起きたようなものだ。
話せば話すほど伝わらない
ところが、有名になることは必ずしもふたりを幸せにしなかった。
モーリスは「伝わらない」ストレスを抱えることになってしまった。
記者たちの質問に一生懸命答えるのだが、全然わかってもらえないのだ。
事実を述べただけでは、ふたりの内的体験は浮かび上がってこない。大海の中で長い間ふたりきりでいるのはどんなことなのか。餓死しかかるとはどんな感じなのか。二度と再び人間を見ることはないと想像する恐怖はどんなものなのか。話してわかることではない。
――『極限の漂流118日間』より
『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著/村井章子訳)は、夫妻の日記を中心にさまざまな資料を参照しながら書かれたノンフィクション作品である。
幸運なことに、この本を読むとふたりの内的体験をリアルに味わうことができる。
船出の喜びを感じ、船を失った悲しみを感じ、漂流の絶望を感じることができるのだ。
だからこそ、記者たちに「伝わらないもどかしさ」がよくわかり、モーリスが感じたように苛立ちを覚える。
特にイラっとするのが、妻マラリンを「つつましい女性」として記事に書かれたことだ。まったくわかっていない。わかろうともしていない!
船の上ではマラリンこそがリーダーであり、その強さでモーリスを引っ張ってきたのだ。
本書を読むと、言葉を尽くして事実をそのまま伝えようとしても、「伝わらない」ことがあるとよくわかる。
それには聞き手の構えの問題もあるし、伝えるメディアの問題もあるだろう。
真実に迫ろうとするノンフィクションの価値をあらためて感じることができた。








