初めは何らかの利害をもとに仲良くなり、次第に当初の利害に関係なく親友になる、というパターンですね。

 ちなみに僕の中で親友の定義は、「その人が、誰かを殺しても味方でいられるか」。

 あなたには殺人犯になっても守りたい友人が何人いますか。

特定の誰か1人に
すべてを期待しすぎない

 僕は友達をフォルダのように分野別で考えています。

 1人の相手にすべてを求めるのではなく、「こういう部分でやりたいことが共通している」とか「このジャンルでは趣味が似ている」、「この分野ではこの人の意見を信用できる」といった具合です。

 身近な例でいうと、映画館に一緒に行くならこの人、とか、仕事のことを相談するならこの人、食事に行くなら、旅行に行くなら……と、おおまかな分野ごとに友達をグループ分けして考えていて、自分がその時やりたいことに応じて、グループの中から誰かを誘うことが多いです。

 友達1人に「全部のせ」って怖くないですか。

 友達の全人格を信頼する必要はありません。この人の映画の観方は信用できるとか、ファッションセンスは信用できるとか、本の読み方は参考になるとか、何か1つでいいんです。そう思えた人とは、その分野で仲良くやっていけます。

 恋愛や夫婦関係でもそうですよね。ファイナンシャルプランナーでも何でもないパートナーに、自分の金銭事情を全て打ち明ける必要はありません。

『コミュ力不要の社交術』書影『コミュ力不要の社交術』(古市憲寿、新潮社)

 言い換えれば、友達を作るというのは、「その人のいいところ探しをする」というプロセスでもあります。

 人間って、あら探しをしようとすればいくらでも見つかります。友人でも恋人でも、長く付き合っていると「この人のこういうところは苦手だな」と感じる時もあると思います。

 生涯を共にすることを誓う結婚相手ならともかく、友達相手にわざわざあら探しをする必要はありません。

 好きな人の、好きな部分とだけ付き合う。人間関係ってそれでいいと思うんです。

 1人に何もかもを求めない。そうすれば、好きになった人を、ずっと好きでいられるはずです。