一番成果を出している部署にいるのに自分が伸びている実感がない、という声と、経営人材が育たないという会社側の嘆きは、どこかですれ違ったまま並んでいる。ピーター・F・ドラッカーは1946年の『企業とは何か』に、最も生産性の高い部門が最もリーダーを生まない部門でもあった、という観察を残している。育成を制度の問題としてだけ見るかぎり、この食い違いは説明がつかない。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

ドラッカー リーダーが育たない

制度は整ったのに育たない

 経営人材が育たないという悩みは、たいてい仕組みの話として語られる。選抜研修が足りない、修羅場の経験が足りない、評価が甘い。だから制度を整える、という順序である。

 同じ食い違いを、1946年に刊行された『企業とは何か』は正面から扱っている。著者のドラッカーは1943年の秋から1年半をかけ、アメリカ最大の自動車メーカーGM(ゼネラルモーターズ)にアウトサイダーとして招かれ、社内文書を読み、工場を歩き、経営幹部に会った。当時の彼の専門は経営学ではなく政治学であり、関心は儲け方ではなく、企業という新しい組織が社会として成り立ちうるかにあった。

 その調査の途中で、彼は説明のつかない事実に行き当たる。優秀な組織にいることと、そこで人が育つことは、別のことだったのである。

最も優秀で、最も育たない

 1940年代半ばのGMは、事業部に大きな裁量を与える分権制で知られていた。ところが社内には、その原則を採っていない集権的な大部門が二つあった。自動車のボディーを生産する部門と、最量販車種の部門である。

 注意すべきは、この二つが社内で最も生産性が高かったという点だ。本書には、ボディー部門の仕事ぶりと生産性の高さこそがGMを業界一位たらしめたと書かれている。収益率もほかの事業部を上回っていた。戦前のこの部門は、些細なことまで本部にお伺いを立てなければならないほど集権的だったが、それでも数字は最高だった。集権的で、しかも最も優秀だったのである。

 最量販車種の部門にいたっては、分権制を組織の原理としてではなく、事務の効率を上げる手法として扱っていた。ドラッカーはこの差を、会社全体にとっての分権制が立憲政体の産業版であるのに対し、この部門にとってはそれが交通規則の産業版にすぎない、と表現している。

 ならば、分権化して何を得るのか。彼の答えは明快だった。分権が集権より優れているかどうかが問われるのは、事業のマネジメントにおいてではない。第一に、リーダーの育成に関わる問題としてである。

その他大勢で終わるという忠告

 当時、その大部門にいたほうが昇進も昇給も有利で、身分も保証されていた。待遇で劣る話ではない。それでも、ある大部門の幹部は有能な若手の一人に、部品関係の小さな部門へ移ることを薦めたという。本書には、そのときの言葉が残されている。

その他大勢の一人で終わるおそれがある。君は、技術だけでなくマネジメントもわかるようになる必要がある。意思決定もできるようになる必要がある。組織の業績によってではなく、自分の業績によって評価されなければならない。

――『企業とは何か』より

 集権的な大部門ではスペシャリストで終わるおそれがある、とドラッカーは整理する。リーダーに必要な経験を積めず、力を発揮すべき機会も与えられない。組織の業績に、個人の業績が埋もれるのである。

 本書は同じことを別の角度からも指摘している。中小企業には市場という客観的な尺度があるが、大企業ではトップ一人を除いて誰も市場に直接評価されない。一人ひとりの貢献が、全体から見ればあまりに小さいからだ。そのため評価は主観に傾き、どれほど良心的であろうとしても恣意性が入り込む。

失敗が許される持ち場

 では、何が育つ育たないを分けていたのか。本書が挙げる条件は、驚くほど具体的である。

失敗しても組織全体に大きな害を与えることのない小さな部門のトップの地位につけることができなければならない。

――『企業とは何か』より

 補佐役として優秀であっても、リーダーとしての力が試されたことのない者をリーダーにすることほど危険なことはない、と続く。試すには、失敗しても全体が傾かない規模の持ち場が要る。

 本書には、1930年前後のこととして、ある事業部が四つに分割された話が出てくる。その事業部を育てた事業部長が経営効率上の理由から分割に反対したとき、重要なのは効率ではなく、候補者が四倍になることだと一蹴されたという。実際、ボディー部門は戦後の平時生産への復帰にあたり、集権的な旧構造に戻らず分権を続けることを決めている。理由は効率ではなく、集権制では質量ともに十分なリーダーを育てられないから、というものだった。

 もっとも、ドラッカー自身はここで断定していない。

もちろん一般的な印象や例示では何もいうことはできない。しかし、何も証明はできないものの、偶然とはいいがたいだけの傾向ははっきり出ている。

――『企業とは何か』より

試す場所が消えていく

 ここで視線を現在に移すと、ひとつの厄介な事実に突き当たる。効率を上げるとは、この持ち場を減らすことでもあるという事実だ。階層を削り、部門を統合し、子会社や関連会社を整理する。いずれも合理的な判断であり、批判されるべきものではない。ただし同じ操作が、小さく失敗できる経営の持ち場を同時に減らしている。

 総務省「労働力調査」によれば、管理的職業従事者は1990年の239万人から2024年の123万人へと半減した。途中で集計基準の改定をはさむため厳密な比較はできないが、方向としては明らかだろう。育成制度が整備されてきた時期と、試す場所が縮んでいった時期は、重なっている

 ドラッカーが本書で最も強く退けたのは、この不足を外から埋めようとする発想だった。当時も大企業の多くが、トップ候補を自らの組織ではなく外部の中小企業に求めていた。彼はこれを一行で切り捨てている。

もちろん間違った問題の解決の仕方である。自らのリーダーを生み出しえないようでは、いかなる組織といえども生き残ることはできない。

――『企業とは何か』より

 本書は同じ論点で、この問題についての権威とされたチェスター・バーナードの指摘も引いている。リーダーとしての経験を積める場は中小企業、政党支部、労働組合くらいしか見当たらず、それでは十分な数のリーダーを用意できない、というものだ。80年前に指摘された供給源の細りは、形を変えて続いているのかもしれない。

 育成は、制度の問題である以前に、組織の形の問題だった。1946年のこの本が残しているのは、処方箋ではなく、その一点の認識である。