値上げを言い出せない。言い出しても通らない――中小企業庁の調査では、価格交渉の席についた割合は9割を超えた。それでも、増えたコストを価格に反映できた割合は5割強にとどまる。制度も指針も整ったのに、なぜ動かないのか。ピーター・F・ドラッカーが80年前に書いた『企業とは何か』には、大企業と中小企業の対立を、善意にも公正にも頼らずに解いた企業の記録が残っている。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

交渉は9割、通ったのは5割
中小企業庁が2026年6月に公表した調査によれば、発注側との価格交渉が行われた割合は9割を超えた。一方、増えたコストのうち実際に価格へ反映できた割合――価格転嫁率は54.2%にとどまる。
2026年1月には、下請法が中小受託取引適正化法(通称・取適法)と名を変えて施行された。協議を適切に行わないまま一方的に代金を決めることが、新たに禁じられている。
席につくところまでは、制度が後押しした。それでも、席につくことと値上げが通ることの間には、まだ距離がある。
この距離を法令遵守と交渉技術の問題としてだけ眺めていても、やがて行き止まる。ドラッカーが1946年に刊行した『企業とは何か』には、大企業と中小企業の対立を、善意でも公正でもない方法で解いた企業の記録が残されている。
新車3割、中古車7割の板挟み
舞台は1940年代半ばのアメリカである。ドラッカーは1943年の秋から1年半、自動車メーカーのGM(ゼネラルモーターズ)に招かれ、その内部を歩いた。当時の自動車販売店――ディーラーは、独立自営の中小企業の典型だった。
ディーラーは新車を売る。同時に、新車と競合しながら新車を売るには欠かせない別の商品、すなわち中古車を売る。本書によれば、かつては新車1台につき中古車2台半をさばかなければならなかった。
新車を売るには下取りで損をする。市場価格より高く引き取り、その車を売るためにまた下取りで損をする。売上げの3割にすぎない新車のために、7割を占める中古車で赤字を出す。手数料1ドルにつき、中古車での損失は87セントにのぼった。
ディーラーの業績を左右するのは、新車の販売台数ではなく中古車で出る損失の大小だった。つまり、相手が損をするときに、自分が儲かる。
こうしてディーラーの損失が大きくなる状況が、メーカーの利益が大きくなる状況になる。メーカーの販売部門の業績もあがる。
――『企業とは何か』より
これは意地悪でも怠慢でもない。商売の構造が、そうなっていただけである。
ライバル車まで立て直した理由
この対立を減らしたのは、分配の工夫ではなかった。メーカーの側が中古車市場に関心を払うようになったことである。地域ごとの販売部門に中古車の専門家を置き、ディーラーの在庫を把握して値崩れを防ぐ指導を行った。
最も鋭い挿話がある。最量販車種を扱う部門は、新車の販売部門と並べて中古車の販売部門を持ち、ライバル車の中古車市場の立て直しまで行った。ライバル車ではなく自社の車を売るのが仕事ではないか。その声への答えはこうだった。うちの新車を売るための仕事だ。
誤解してはならない。本書は、こうした政策が公正のためでもディーラーからの圧力のためでもなく、メーカー自体の繁栄のためのものだと明記している。新車の販売は、下取り車の連鎖の最後の買い手が最後の支払いを終えるまで確定しない。
利害が重なる一点を探す
ドラッカーはこの観察から一つの原理を取り出している。まず、そこにないものを確認しておきたい。
仲よくやっていくというだけでは不足である。それぞれが利己心を捨てるということは、できることでもなければ好ましいことでもない。
――『企業とは何か』より
仲よくやろう、思いやりを持とうでは足りない。しかも利己心を捨てよという要求は、できない上に望ましくもないと切り捨てられている。では何が要るのか。
調和とは、一方の利益が他方の利益でもあるという分野が一つでもあれば可能になる。その共通の利益を基盤に協力が行われる。ほかのことは後回しにしてよい。
――『企業とは何か』より
心構えの話が一つも出てこない。利害が重なる一点さえ見つかれば、そこから始められる。残りは後回しでよいという、順序の思想である。
この原理を自社の取引に当てはめれば、問いは一つになる。取引先の業績は、どこで決まっているのか。
相手の担当者は、社内で何によって評価されているのか。それを知らないまま、価格の話だけを続けてはいないだろうか。
ドラッカーは、永続する構造は利他主義からも利己主義からも生まれず、両者の利害が一致するときに得られると総括している。
使われない装置に意味がある
1938年、このメーカーは、ディーラーが販売部門から不当な扱いを受けたときに苦情を持ち込める委員会を設けた。販売部門以外の本社幹部4人で構成し、非公開で、30日以内に結論を出す。設置から7年間の審理件数は67件にすぎない。
少ないから無意味なのではない。本書は、委員会の価値は裁決した件数ではなく、その存在によって成立した合意の件数にあると書いている。上に否認されたくないから、販売部門も取り決めを守る。
ディーラーが亡くなれば子息に継ぐ意思を尋ね、継ぐ者がいなければ事業を引き継ぐ地元の有力者を探すことまでした。今期の価格に集中しがちな現在とは、視野の取り方が違う。
調和は、設計するものだ
なぜ、この話が80年後に効くのか。ドラッカーは本書の第1章で、19世紀のレッセ・フェール(自由放任主義)を評価しながら、その誤りを指摘している。市場に任せれば自然と「調和」が生まれるとした考え方を社会の土台に据えたことは偉業だった。しかし、と彼は続ける。
しかるにレッセ・フェールは、社会の基盤として調和を唱えたものの、その調和を政治上の努力の結晶としてではなく、自然に実現されるべきものとすることによって、致命的な誤りを犯した。
――『企業とは何か』より
調和を自然物と見なした瞬間に、それは努力の対象ではなくなる。
調和は自然には生まれない。設計の対象であって、心構えでも自然現象でもない、というのがドラッカーの見立てだった。
値上げが進まないのは、誠実さが足りないからではない。相手の儲けがどこで決まっているのかを、まだ誰も探していないだけなのかもしれない。




