「待つ」戦略を捨てた中国は
何を失いつつあるのか
もっとも、こうした変化は単なる戦略的劣化として片づけることはできない。中国自身の国力が飛躍的に拡大したという構造的要因がある。鄧小平が採った「韜光養晦」、すなわち国力が十分に整うまで国際秩序に対する正面からの挑戦を避ける戦略は、習近平の下で明確に修正された。習近平は、もはや「待つ」段階は終わり、自国に有利な規範、制度、力の配分へと世界の形を変えていく、いわば「動く」段階に入ったと認識しているとみられる。
軍事大国化によって中国は主要国から無視できない存在となり、経済大国化を背景に「一帯一路」を通じた対外投融資や支援外交を展開することで、グローバルサウスを中心に広範な支持基盤を形成してきた。コロナ禍におけるワクチン外交や医療物資支援も、その延長線上に位置づけられる。国際世論の場において、しばしば中国は、グローバルサウスを包含する「大家族」を強調し、西側の同盟や価値観連合を「小グループ」と批判する。これは、数の優位を背景に国際的な世論戦を有利に進められるとの自信の表れである。
『「力の時代」を生き抜く 戦略的思考』(垂 秀夫、文藝春秋)
先ほど触れたように、近年中国は、現下の国際秩序は「公平でも合理的でもない」として、グローバルサウスとともに新秩序を再編していく必要があると主張している。これまでの国際秩序は米国が主導してきた歴史を考慮すれば、これは中国が、自らを既存秩序の受益者ではなく、再設計者として位置づけ始めたことの表れでもある。
しかし一方で、こうした激しい外交手法は先進民主国家との関係に深刻な軋轢をもたらしている。日本における対中感情の変化は、その象徴的な例である。1980年代には7割を超えていた中国への好感度は、近年では1割強にまで大きく低下している。これは経済要因や歴史問題だけでは説明しきれず、威圧的言動や一方的主張を繰り返す中国外交の質的変化が、日本社会に不信と反発として蓄積された結果であろう。同様の傾向は、他の先進国においても広く確認されている。







