しかし、安倍氏と高市氏のそれぞれの対中外交は、その後の展開において決定的に異なった。
安倍氏の対中外交にあった
「戦略の逆算」とは何か
安倍氏の対中マネジメントには、明確な「戦略の逆算」があった。つまり、中国が安倍氏に対して抱いていた「保守・対中強硬派」「日米同盟を軸に中国を封じ込める指導者」という警戒イメージを、あえて正面から否定せず、その緊張を管理可能な水準に保ったまま、関係改善のカードを限定的かつ計算された形で切っていく外交であった。対中関係を過度に緊張させれば中国は対日包囲を強め、逆に過度に融和に傾けば日本の戦略的自由度が失われるという現実を踏まえ、安倍氏は「警戒されているからこそ、対話の窓を自らの手で管理する」という“逆張り”とも言える発想で、中国を自らの戦略構想の射程内に引き留めようとしたのである。
つまり、対中関係を自身の大戦略――のちのFOIP(自由で開かれたインド太平洋)構想やQUAD(日米豪印戦略対話)へとつながる構想――を実現するための基盤として位置づけ、必要以上に日中対立を先鋭化させないよう、関係を冷静に管理していくことを考えていた。
一方、政権発足時の高市首相の対中対応は、長期的な外交シナリオに基づく設計は必ずしも十分に考慮されているとは思えなかった。韓国APECでの首脳会談の実現そのものが目的化しているように見える一方で、その先に日中関係をどこへ導くのかというロード・マップが曖昧なまま、最初の危機を迎えてしまったのである。
もし対中関係をまず管理し、その上で長期戦略を展開する構想があったのであれば、国会答弁のタイミングや表現には、より慎重な配慮が必要であったはずである。逆に、当初から対中対峙を軸に据えるのであれば、靖国神社参拝を封印する必要もなかった。いずれにせよ、外交の方向性と個々の行動の間に、一貫した戦略的整合性が見えにくいことが問題なのである。
米中首脳会談で露呈した
日本の戦略的能動性の不足
さらに問題は、対中外交だけにとどまらない。2026年5月、トランプ大統領が訪中し、習近平主席と会談した際、習近平主席は、台湾海峡の緊張の原因を中国の軍事的威圧ではなく、台湾側の「独立」志向にあるとする中国側の認識を、首脳会談の場で強く働きかけたとみられる。その後のトランプ大統領の発言には、台湾海峡の平和と安定を損なっている主体が、中国による力を背景とした一方的な現状変更の試みではなく、台湾側の「独立」志向であるかのような認識がにじみ、中国側のナラティブに引き寄せられた形跡が見られた。







