高市早苗首相・安倍晋三元首相高市早苗首相・安倍晋三元首相 Photo:SANKEI

高市早苗首相の「存立危機事態」発言をきっかけに、日中関係は緊張を増した。発言の内容そのものに誤りがなくても、外交では「正しいことを言う」だけでは十分ではない。かつて「対中強硬派」と見られながら、中国との関係を管理した安倍晋三元首相との違いから、元駐中国大使の垂秀夫氏が、対中外交に求められる「戦略」の重要性を説く。※本稿は、元駐中国大使・立命館大学教授の垂 秀夫『「力の時代」を生き抜く 戦略的思考』(文藝春秋)の一部を抜粋・編集したものです。

高市首相の発言で問われたのは
「内容」より「戦略」だった

 2025年11月、国会において立憲民主党議員(当時)の岡田克也元外相が提示した「海上封鎖を含むシナリオ」に関する質問に対し、高市首相は「戦艦を使った武力行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得る」と答弁した。この答弁が引き金となり、日中関係は急速に緊張し、外交空間は一気に狭まった。

 発言内容そのものは、日米関係を考慮しても、存立危機事態についての法的整理としても、また安全保障上も誤ってはいない。しかし、首相という立場で、国会という公開の場でこの発言を行うにあたり、事前に十分な戦略的配慮がなされていたかどうかが問われる。もしそうでないのであれば、結果として、戦略なき言動が、いかに容易に国家の外交的立場を揺るがすかを示す典型例となってしまったと言わざるを得ない。

 そもそも高市首相は、中国側からは就任前より「保守・親台・対中強硬派」と見られていたが、2025年10月に首相に就任した後は靖国神社参拝を封印し、所信表明演説では「戦略的互恵関係の包括的推進」に言及している。形式だけ見れば、第一次安倍晋三政権初期の対中対応と大きな違いはない。安倍首相も「保守・親台・対中強硬派」とみられたが、靖国神社参拝を行わず、戦略的互恵関係を提示して対中外交を“管理”することに成功した。