スマホで電話をする男性写真はイメージです Photo:PIXTA

なぜ、有能な官僚がそろっていても「国家全体の戦略」は生まれにくいのか。外務省で約40年、中国・台湾に関わってきた垂秀夫氏は、霞が関の人事や前例踏襲、縦割り行政に構造的な問題を見てきた。尖閣をめぐる省庁横断会議では、「海上保安庁の予算を増やすべきだ」と発言した垂氏に、国交省幹部が「もう発言しないでいただきたい」と告げたという。国益より「省益」が優先される霞が関の実態とは。※本稿は、元駐中国大使・立命館大学教授の垂 秀夫『「力の時代」を生き抜く 戦略的思考』(文藝春秋)の一部を抜粋・編集したものです。

首相の「生の声」が
現場を動かした瞬間

 1996年のことである。私は北京にある日本大使館で一等書記官として情報収集の任務に当たっていた。その頃、台湾で初の民主選挙による総統選挙が行われたことから、第三次台湾海峡危機が発生した。中国は台湾海峡にミサイルを撃ち込む一方、米国は空母群を台湾海峡に派遣した。まさに緊張した状況の中、東京の外務本省の中国課長から一本の電話が私にかかってきた。「垂くん、台湾関連の情報をどんどんとってくれ、ハシリュウ(橋本龍太郎首相)が台湾関連の情報を上げろとイライラしているんだ。君の電報(報告書)は必ず首相に報告されるから」

 この一本の電話で、私は俄然やる気を出し、必死に台湾に関する情報をとった。首相の生の声(インテリジェンス・サイクルにおける情報関心)が現場の担当官に届いた瞬間であった。

 ただ、こうした事例はきわめて稀である。このため、日本は情報収集自体はある程度できても、それを「戦略の策定や修正」に活かす文化が弱いのである。これは、日本では戦略的な頭脳にあたるべき中枢が、制度的にも文化的にも十分には機能していないことを意味している。