23歳で国民的英雄になった天才と、18歳で世界一になった直後に「消えた」天才。『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』の著者・山口周さんが、人生戦略を考えるうえで「いつも思い出してしまう」と語る、2人のピアニストがいます。優れた戦略とは「短期的には不合理に見えるのに、長期的には合理的」なもの――経営戦略論の核心を、2人の対照的な人生から読み解いてもらいました。(構成/小川晶子、ダイヤモンド社書籍編集局)

20代が人生のピークになってしまう人の共通点・ワースト1Photo: Adobe Stock

一夜にして英雄になったヴァン・クライバーン

――成功するのは早いに越したことはないと思いがちですが、早すぎる成功は危険なのでしょうか?

山口周氏(以下、山口):あまりにも早い時期に名声を得てしまうと、その後のキャリアを台無しにしかねないことがわかる例があります。

1958年、東西冷戦の真っ只中にソ連で開催された第一回チャイコフスキーコンクールで、満場一致で優勝したのが米国のピアニスト、ヴァン・クライバーンでした。当時彼はまだ23歳です。凱旋帰国したクライバーンは熱狂的なブームを巻き起こし、一夜にして米国の英雄になりました。直後にリリースしたチャイコフスキーのレコードは、ビルボードのアルバムチャートで1位になりました。クラシックのレコードがビルボード1位になったのは、後にも先にもこの一枚だけです。

ところがクライバーンは、その直後から全世界を駆け回る過密スケジュールでコンサートをこなし、短期間に莫大な報酬を稼いだものの、じっくりと音楽性を深める時間が取れなかったために、ピアニストとしては結局、大成しませんでした。まさに「短期の合理」を優先したことによって「長期の不合理」を犯してしまったのです。

優勝後、10年間「隠とん」したポリーニ

――逆のパターンもあるのでしょうか。

山口:対照的なピアニストの例は、イタリアのマウリツィオ・ポリーニです。彼はクライバーンよりさらに若い18歳で、1960年のショパンコンクールに優勝します。審査委員長から「審査員の誰よりも、すでに演奏テクニックという点では上」と評されるほどでした。

弱冠18歳で国際的な名声を得たのですから、さぞや華々しい20代を送ったのだろうと思いきや、違うんです。ポリーニは優勝後、10年ほど表立った演奏活動から遠ざかって半ば隠とんしてしまいます。このあいだに大学で物理学を学んだり、ピアニストのミケランジェリに師事したりと、人間としての幅、音楽性を深めるための研鑽を続けたんです。満を持して国際的な演奏活動を始めたのは、優勝から11年後の1971年。以後、ポリーニは2024年に亡くなるまで、長いこと「世界最高のピアニスト」という不動の評価を得ていました。

「短期の不合理」は「長期の合理」になる

――ポリーニは、目先の利益を捨てて、長期的な目線で動いたということなのでしょうか。

山口:優勝直後のポリーニの名声を利用して金儲けをしようという人は、後を絶たなかったはずです。練習や勉強の時間を演奏活動に投下していれば、短期的に巨万の報酬が得られたでしょう。しかしポリーニはそれをせず、経済的報酬の伴わない活動に20代のほとんどの時間を費やしたのです。

優れた戦略とはしばしば「短期的に見ると不合理に見えるのに、長期的に見ると合理的」であり「部分で見ると不合理に見えるのに、全体で見ると合理的」なものです。

たとえば20代前半の「人生の春」において、「ああでもない、こうでもない」といろいろ試しては止めるのを繰り返すことは、短期的に見れば非合理的だと感じます。しかし、本人が戦略を持って、30代以降に思いっきり追求する領域を決めるために、20代はあえて的を絞らずにいろいろなことを試しているというのであれば、長期的には合理的な行動だと言えます。

「迷走」か「長期の合理」か

山口:スティーブ・ジョブズのカリグラフィーやインド放浪、プロボクサー挫折後に世界中の名建築を見て回った安藤忠雄など、成功者の経歴には、周囲から「迷走」に見えた行動が、後から「長期の合理」として意味付けられている例が数多くあります。

そう考えると、むしろ「短期の合理の罠」に陥っているのは、「普通の生き方」にとらわれている私たち大多数の方なのかもしれませんよね。