人間の弁護士が2週間かけていた契約書チェックを、最短15分で完了するAIがすでに稼働している――。『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』の著者・山口周さんが注目するのは、「機械による代替」の波が、肉体労働から認知的労働へ、しかも報酬水準の高い仕事から順に押し寄せているという事実です。「正解を出す能力」が過剰供給される社会で、人間に残される仕事とは何か。3つの対抗策を聞きました。(構成/小川晶子、ダイヤモンド社書籍編集局)

そりゃ仕事なくなるわ…AIに仕事を奪われる人の共通点とは?Photo: Adobe Stock

高給の仕事から「丸ごと」消えていく

――AIの発展がめざましく、近い将来、自分の仕事がなくなるのではという不安を持っている人もいます。AIによる仕事の代替は、どこまで進んでいるのでしょうか。

山口周氏(以下、山口):産業革命以来、人間が担ってきた仕事の多くがテクノロジーに代替されるようになっています。近年に特徴的なのは、かつての「機械による肉体的労働の代替」から「機械による認知的労働の代替」に影響が広がっていることです。2000年代前半、外資系投資銀行の東京オフィスには数百人単位のトレーダーがいて、億単位の報酬を稼ぐ人も少なくありませんでした。現在、彼らの仕事のほとんどはコンピューターによって自動化されています。たった20年で、極めて高給だった職種が丸ごと一個吹っ飛んだんです。

法曹業界も同様です。2019年、日本最大級の渉外弁護士事務所である長島・大野・常松法律事務所が、弁護士業務へのAI導入を発表しました。その発表資料によると、人間の弁護士が2週間かけてやっていたM&Aの契約書チェックを最短15分で完了できるうえ、品質のバラツキもはるかに少ないというのです。ホワイトカラーの中で最も知的水準が高いとされてきた弁護士の仕事ですら、AIが代わりにやってくれるようになっているのです。今後AIのコストが下がれば、認知的労働の多くが代替されていくでしょうね。

対抗策①「正解のある仕事」を避ける

――AIによる仕事の代替の流れの中で、私たちはどう対抗すればいいのでしょうか。

山口:大きく3つあると思います。

ひとつ目は「正解のある仕事を避ける」こと。

AIは「正解を出す機械」ですから、AIが普及した社会では「正解の過剰供給」が起きます。過剰に供給されるものの価値は下がるのが経済学の基本原則です。「正解を出す能力」の価値も、その能力を要する仕事の報酬も低下していきます。

日本では受験勉強で高い偏差値を取れる人を「優秀」とする傾向が根強いですが、それはまさに「正解を出す能力」の証左です。この「優秀さ」のイメージも変わっていくでしょうね。

対抗策②感性的・感情的な知性を高める

山口:2つ目は「感性的・感情的な知性を高める」こと。

世の中の仕事の多くは、認知的な知性に加えて、それと同等以上に感性的・感情的な知性も求められます。私が携わってきた経営コンサルタントや組織開発の仕事も、実はクライアントの感情を察知したり、揺さぶったりする「感情的な知性」が求められるんです。現時点では、この領域は人間にアドバンテージがあると言えます。

対抗策③「問い」を立てる力を磨く

山口:3つ目は「問題を提起する力を高める」ことです。

約250年前の産業革命では、飛び杼の発明で織布の生産性が飛躍的に向上したのに、前工程の紡糸の生産性が変わらなかったため、全体の生産性はさして上がりませんでした。多くの仕事は複数のプロセスの組み合わせで成り立っています。一部の生産性だけが突出して上がっても、ボトルネックが移動するだけで全体の生産性はあまり上がらないのです。

AIによって「正解を出す能力」が過剰供給されれば、ボトルネックはどこに移動するでしょうか?

――前工程にあたる「課題の設定」でしょうか。

山口:そうです。問題の解決の前には必ず問題の設定が必要ですから、AIの過剰な正解提供能力を価値につなげられるかは、どれだけ良質な「問い」を立てられるかにかかってきます。

そして、問いを立てる力を高める答えは「教養=リベラルアーツ」しかない、と私は思っています。リベラルアーツとは「自由に思考する技術」です。誰もが常識だと思っていることに「これは本当に正しいのか?」と問いかけ、あるべき姿を構想する力です。

これからの時代、人間が担うべき最も大きな仕事は「見過ごされてきた大きな問題を提起する」ことになるでしょう。その仕事のためにはリベラルアーツが必ず求められるのです。