いまや「知の巨人」として多くのビジネスパーソンに支持される山口周さん。しかしそのキャリアの出発点は、「自分の企画がことごとくNGになる」挫折の連続だったと言います。CMプランナーを夢見て電通に入社した青年は、いかにして自分の「本当の強み」を発見したのか。『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』で説かれる「適応戦略」を、著者自身が体現したエピソードを聞きました。(構成/小川晶子、ダイヤモンド社書籍編集局)

自分に向いている仕事を探せる人の共通点・ベスト1Photo: Adobe Stock

「どうやら自分にはセンスがないらしい」

――コンサルタントのイメージが強い山口さんですが、キャリアは広告代理店から始まったんですよね。

山口周氏(以下、山口):当時のキャリア・ビジョンは「人生の前半はCMプランナーとして活躍し、後半はさまざまな領域でクリエイティブ・ディレクションに関わりたい」というものでした。

ところが、この目論見はすぐに崩れ去ってしまいました。自分の考えたCMの企画やコピーが、ことごとくNGになって採用されないんです。当初は「おかしいな、なんで自分の企画は採用されないんだろう」といぶかしんでいましたが、さすがにこれが数年も続けば「どうやら自分にはセンスがないらしい」ということはわかってきます。さてどうしたものか、と途方に暮れていました。

思いがけない転機

――何が転機となったのですか?

山口:クライアントのテレビ広告に視聴者からクレームが入り、先方の宣伝担当取締役も電通側の役員も出席する大規模な会議が開かれたことがありました。入社5年目だった私は末席で、夜に予定していた友人との飲み会に遅れたくないので「早く終わらないかな」とぼんやり聞いていたんです。

ところが、議論がいつまで経っても堂々巡りで迷走を抜けられない。

会議が数時間に及び、いよいよ待ち合わせに遅れそうだというとき、しびれを切らしてホワイトボードの前に歩み出たんです。「ここまでの議論を整理すると、対応策は3つしかありません」。

そして、データの収集分担と来週の意思決定までの段取りを仕切ってしまったんです。それまで議論に参加していなかった若造がいきなり会議を仕切ったわけですから、上司はヒヤヒヤものだったと思います。でも提案は全員にとって納得感があったようで、会議は本当にそれでお開きになりました。

強みの認識が修正された

――コンサルティングの才能が表に出た瞬間ですね。

山口:私自身は、「こんなことは誰がどう見たってすぐにわかるだろう」と思っていたんです。翌日、局長室に呼ばれて「いやあ山口、お前の昨日の会議の仕切りはすごかったなあ。あの後で役員の方からお礼の連絡をいただいたぞ」と褒められて呆気に取られました。

これがきっかけで、クライアント企業で議論が紛糾すると「電通の山口に参加してもらおう」ということが多くなりました。そして、自分の強みは「クリエイティブなアイデアを生み出すこと」ではなく「複雑な問題を整理・構造化すること」にあるという認識の修正につながり、経営コンサルティングのキャリアへの転換につながっていったのです。

――「自分はこれが得意だ」と思っていても、修正が必要な場合があるわけですね。

山口:勘違いしていることは多いと思いますよ。

当初の「人生の経営戦略」は多くの仮説に基づいているため、実際にはうまくいかず、修正や破棄を余儀なくされることがしばしばあります。不確実性が高く、長期の見通しが立てにくい社会を生きていくうえで、「適応戦略」は必須です。想定外の機会や状況変化に対して開かれた、しなやかな姿勢を持つことが大切なのです。