世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”出口治明元APU学長。宮部みゆき氏などから絶賛されている出口氏の『哲学と宗教全史』をもとに、哲学と宗教の視点から探る「先入観の取り払い方」とは? ライターの照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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印象が180度違った出来事
以前、ライターの仕事で、とあるプロレスラーにインタビューをしたことがある。
テレビで何度も見たことのある強面の人で、取材が決まったときは「粗相があったら怒られるのでは?」と少し緊張していた。
ところが、実際に会ってみると、印象は180度違った。
とても腰が低く、質問にも丁寧に答えてくれ、インタビューは終始和やかに進んだ。
テレビで見た姿だけで、人柄までわかったような気になっていたのかもしれない。
人はなぜ「先入観」にとらわれるの?
そんな人間の「思い込み」について、一つのヒントをくれるのが、『哲学と宗教全史』(出口治明著)で紹介されるイギリスの哲学者フランシス・ベーコン(1561~1626)である。
人間にはそのような偏見や先入観に囚われがちな性質があることを、ベーコンは警告しています。
――『哲学と宗教全史』より
人は、自分では物事をありのままに見ているつもりでも、知らず知らずのうちに先入観や思い込みに影響されている。
ベーコンは、こうした性質を「イドラ」と呼んだ。
厄介なのは、自分が思い込みにとらわれていることには、なかなか気づけないことである。
実際に会ったことのない人をテレビの印象だけで判断してしまった私も、その人自身を見る前に、すでに一つのイメージをつくっていたのだと思う。
「イドラ」があなたを変える!
SNS時代を迎え、会う前から相手の情報を知る機会が多くなった。
SNSの投稿を見たり、周囲の評判を知ったりして、「こういう人なのだろう」と想像することもある。
だからこそ、最初の印象だけで判断せず、実際に会ったときの印象に合わせて考え直すことも大切なのだと思う。
ベーコンの「イドラ」という考え方は、何かをすぐに決めつけそうになったとき、自分が見ているものだけではなく、その見方そのものも疑ってみる必要があることを教えてくれる。





