人生の終盤になって、どれだけ富や成功を手にしても、それだけで「いい人生だった」と思えるとは限らない。むしろ、あとになって取り戻せないものに気づき、深い後悔を抱えることもある。世界中のさまざまな人に「人生の意味」を尋ねた書籍『人生の意味――世界のあらゆる一流に教えてもらった105の答え』から、老後に後悔することの正体をひもといていく。(ダイヤモンド社書籍編集局・三浦岳)
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人生の終わりに何を思うか?
人生の価値は、どれだけ多くのものを手に入れたかだけで決まるものではない。どれだけ人と関わり、支え合い、誰かのために生きてきたか。人生の終盤になれば、そうした人とのつながりが、それまで以上に大きな意味を持つ。
自分の成功や富ばかりを追い求め、周囲を置き去りにする生き方は、最期に深い孤独と虚無感を招く。フューチャリストのマーク・スティーヴンソンは、大局的な視点を失うことの計り知れない代償について、次のように鋭く警告している。
パートナーや子どもとのあいだに距離ができ、自分自身を見失い(それでいてエゴは肥大化し)、仲間を混乱・失望させ、時間という唯一貴重な資源を無駄にするなど。
こうした代償をもたらす残酷な自己中心性は、アイスクリームを溶かす日差しのように、確実に意味を破壊するのです。――『人生の意味』より
身近な家族や仲間との関係を壊し、孤立してしまえば、生きてきた軌跡そのものの意味が失われてしまう。
では、私たちが人生に真の充足を見出すにはどうすればよいのか。組織心理学者のアダム・グラントは、その答えをシンプルに示している。
自分のことばかり考えるのをやめ、他者の力になり、その人生を豊かにすること。その貢献こそが、結果として自分自身の生を輝かせるのだ。
人生の最後に大事になる「3つ」
私たちは誰もが不完全であり、やがて死を迎えてすべてを置いていく。
仏教指導者のジャック・コーンフィールドは、人生の終焉において何が大切なのかを、3つの問いに凝縮している。
よく愛したでしょうか?
十分に生きたでしょうか?
手放すことを覚えたでしょうか? ――同書より
人生の最後に問われるのは、どれだけ成功したか、どれだけ多くを手に入れたかではない。誰かを愛し、自分自身も十分に生き、最後には手放すことができたか。
老後になって悔やんでも悔やみきれないのは、手に入れられなかった富や成功ではない。自分のことばかりに夢中になり、身近な人を愛し、支え、共に生きる時間を大切にしなかったことだ。
失った時間は、どれだけ後悔しても取り戻すことはできない。だからこそ、いま目の前にいる人を大切にする。それこそが、人生の最後に残る後悔を減らす生き方なのだ。








