友達に恵まれ、人に好かれる子に育ってほしい。多くの親がそう願う。ところが、良かれと思ってやっていることが、じつは逆に働くことがあるという。人に好かれる力は、才能でも性格でもなく、ある一つの習慣から育つ。アパレル史上最年少で上場した株式会社yutori社長・片石貴展氏は、著書『自分の言葉で話せるようになりましょう。』で、人が離れる人と好かれる人を分けるものを指摘する。子育て中の一人の親として読むと、そのまま家庭に持ち帰れる話だった。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局/淡路勇介)
Photo: Adobe Stock
「あの子はこういう子」と、決めていないか
人に好かれる人と、そうでない人。その差はどこから来るのか。
片石氏が部下や職場の人間関係を通してたどり着いた答えは、才能でも要領のよさでもない。相手を「ラベル」で見ずに、ちゃんと見られるかどうかだという。
そしてこれは、子育てにもそのまま当てはまると、読みながら私は思った。
うちの子は人見知りだから。うちの子はマイペースだから。
私も、つい口にしてしまうことがある。
だが片石氏の話を聞いて、はっとした。親が子どもをラベルで固定した瞬間、子どもは「ちゃんと自分を見てもらえていない」と感じ取る。
そして子どもは、親がしているのと同じやり方で、まわりの人を見るようになる。
人が動くのは、正しさではない
片石氏は、人が心を開くかどうかは、この一点で決まるという。
――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より
これは、そのまま家庭に置き換わる。
親がどれだけ正しいことを言っても、“ラベル越し”に言われていると子どもが感じれば、心は閉じる。逆に、ちゃんと見てくれていると感じられれば、多少きつい言葉でも届く。正しいことを言おうとするのではなく、ちゃんと見ること。これが、人に好かれる子の出発点になる。
「軽薄な関係」しか作れない子になってしまう
片石氏は、お互いを記号としてしか見ない付き合いを「軽薄な関係」と呼ぶ。
ラベルには収まりきらない物語を、相手が持っている。それを知ろうともせず、記号のまま付き合い、記号のまま終わる関係のことだ。
親が子どもをラベルで見て、子どもがそれを真似れば、その子もまた、友達を記号で見るようになる。「あいつはこういうやつ」で片づけてしまう子は、深い関係を築くのが難しい。
人に好かれないのではなく、人とちゃんと向き合う経験を、まだ持てていないだけなのだ。
親が変えられる、たった一つのこと
では、どうすればいいのか。片石氏の答えは具体的だ。それは、相手の細部を、ひとつだけ覚えておく。
これは会社の同僚を想定した話だが、子どもにこそ効く。
前に見た上履きの汚れ、この前まで読んでいた本、先週できていなかった鉄棒。
ひとつ覚えておくと、昨日から今日への小さな変化に気づける。
「上靴綺麗になってる!」「あれ、鉄棒前より上手くなったね」「面白い本、選んできたね」の一言が、自然に出る。
子どもは「自分はちゃんと見られている」と感じる。ラベルではなく、一人の人間として扱われる感覚を、家庭で毎日受け取る。
私はそれ以来、子どもを「◯◯な子」と決めつける前に、目の前の子どもをちゃんと見ようと思うようになった。人に好かれる子に育つかどうかは、教え込む言葉ではなく、親が毎日どんなふうに子どもを見ているか、そのまなざしのほうに宿っているのではないか。









