悪い人ではない。むしろ感じがいい。それなのに、なぜか人が離れていく。仲良くなれそうで、なぜか長続きしない。そういう人には、本人も気づいていない共通点があるという。アパレル史上最年少で上場した株式会社yutori社長・片石貴展氏は、著書『自分の言葉で話せるようになりましょう。』で、人が離れていく人がやってしまっている、たった一つのことを指摘する。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局/淡路勇介)

いい人なのに「なぜか人が離れていく人」の特徴・ワースト1Photo: Adobe Stock

人は、ちゃんと見てほしい

いい人なのに、なぜか人が離れていく。
挨拶も感じもいいのに、深い関係が続かない。その理由を、片石氏は「相手の見方」に見る。

人は誰しも、自分を「ちゃんと見てほしい」と思っている。
ひとくくりの記号ではなく、固有の一人の人間として扱われたい。ところが私たちは日々、逆のことをしている。「うちの夫はいつもこう」「最近の若手はこうだから」「あの人はこういうタイプ」。こんなふうに、相手を一言のラベルで分類してしまう。悪気はない。脳は毎秒、膨大な情報を処理しているので、いちいち細かく見るより、ラベルを貼って片づけるほうがラクだからだ。

だが、貼られた側は敏感に察する。この人は、私自身を見ていない。「若手」や「妻」という記号として、私を処理している――。ちゃんと見てもらえない相手のそばに、人は留まれない。いい人なのに人が離れていくのは、この“見ていなさ”が、静かに伝わってしまうからだ。

「あの人の言うことなら聞ける」の正体

片石氏は、人が動くかどうかは、正しさではなく、この一点で決まるという。

部下が「あの上司の言うことなら聞こう」と思うのは、その上司が論理的に正しいからではありません。(中略)自分のことをちゃんと見てくれている、と感じるからです。
――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より

逆もまた同じだ。
どれだけ正論でも、“ラベル越し”に言われていると伝わった瞬間、人の心は閉じる。
「最近の若手はこうだから」と一括りにされたら、その後どんな筋の通った話をされても、もう入っていかない。正しさは、人を動かさない。ちゃんと見ることが、人を動かす。

軽薄な関係が、量産されている

厄介なのは、これが今の時代、あらゆる場所で起きていることだ。
片石氏は、お互いを記号で見ているだけの関係を「軽薄な関係」と呼ぶ。
「部下」「上司」「ママ友」「同僚」「お隣さん」。みんな、ラベルには収まりきらない物語を持っている。その物語を知ろうともせず、記号のまま付き合い、記号のまま終わる。いい人なのに人が離れていくのは、相手をラベルで見たまま、その奥にある物語に一度も触れないからだ。

明日から変えられる、たった一つのこと

では、どうすればいいのか。
片石氏の答えは、拍子抜けするほど具体的だ。
会ったときに、相手の細部をひとつだけ覚えておく。ネクタイの色でも、ネイルでも、シャツの柄でもいい。日記でもスマホのメモでもいいから、何かひとつ記録しておく。すると、次に会ったとき、その変化に気づける。「あれ、髪切った?」の一言が自然に出る。
たったそれだけのことだ。
だが、細部に気づいてもらえた相手は、「自分はちゃんと見られている」と感じる。
ラベルではなく、一人の人間として扱われていると感じる。人が離れていくかどうかの分かれ道は、才能でも性格でもなく、目の前の相手をちゃんと見ようとするか、そのひと手間にかかっている。