ハラスメントはなぜなくならないのか。2万人をみてきた組織開発コンサルタントで『組織の違和感』の著者である勅使川原真衣氏が、実際に職場に分け入って考えた、組織変革のコツを伝えます。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

組織パワハラPhoto: Adobe Stock

食い違う主張

 パワハラの話になると、しばしば不思議なことが起こります。

 告発した側は、「あれは明らかにハラスメントでした」「ひどかった」と振り返る。

 しかし一方で、言った側は本気で驚いているのです。

「そんなつもりはなかった」
「通常の指導です」
「本人のためを思って言った」

 この食い違いを見ていると、「どちらかが嘘をついているのでは」と思うかもしれません。

 しかし真相は、もっと違うときがあります。

自分の普通が当てはまらない

 それは、同じ出来事でも、立場が違えば見えているものがまるで違うからです。

 たとえば、職場で上司が部下に強い口調で注意したとします。

 上司にとっては、「今後のミスを減らすために濁さず伝えた」という使命感があったかもしれません。

 しかし部下にとっては、「みんなの前で否定された」「逆らえない相手から強く責められた」という出来事になっているかもしれない。

 ここで重要なのは、上司の意図と、部下が受けた影響は同じではないということです。

「傷つけるつもりはなかった」ことと、「相手が傷つかなかった」ことは別です。

 人は、自分の行動を自分の意図から判断しやすいものですが、「成長してほしかった」「期待していた」「チームのため」などといった理由があるときほど、「自分は間違ったことをしていない」と感じやすいものです。

 一方で、受け手が見ているのは、その人の頭の中にある意図ではありません。

 実際に言われた言葉や、声の強さ、その場の空気、周囲の視線です。

 さらに、職場には立場の差(権力勾配)があります。

 上司にとっては軽いひと言でも、部下にとっては評価や配置に影響する相手からの言葉になる。

「嫌なら言ってくれればよかったのに」というのは、はっきり言ってズレているのです。

 これは、誰が善人で誰が悪人かという話ではなく、人と人との関係性の話です。

 同じ言葉でも、誰が誰に言ったかによって意味は変わる。同僚からの「もう少し頑張ろう」は励ましに聞こえても、評価権を持つ上司から何度も言われれば、強いプレッシャーになるかもしれません。

 さらに厄介なのは、本人にとってそれが「普通」「当たり前」になっている場合です。

 自分も若い頃に厳しく指導された。それで成長できたと思っている。

 そういった場合、本人の中ではまったく悪気のない「自分も通ってきた道」の繰り返しの行動でしょう。

 しかし、相手は当時の自分ではありません。違う時代、違う環境、違う関係性の中で、相手が同じように受け止めてくれるはずはないのです。

「悪気があったか」を問わない

 だから、パワハラを防ぐために必要なのは、「そんなつもりはなかった」で終わらせないことです。

 相手はどう受け取ったのか。
 自分との立場の差はどれくらいあるのか。
 同じ言い方を繰り返すことで、相手の行動が萎縮していないか。

 そうしたことを冷静に観察する必要があります。

 強く言わなければ伝わらない、という思い込みを手放し、決めつけずに相手を見る。

 これは、指導をやめるということではありません。

 相手に届く形に、伝え方を変えるということです。

 大切なのは「悪気があったか」だけを問うことではありません。自分の正しさから一度離れて、相手にはどう見えていたのかを考えること。

 その視点がなければ、善意の指導も、いつの間にか誰かを追い詰めるものに変わってしまうのです。