「三国志は孔明が死んだあたりから、急につまらなくなる」。そんな印象を持つ人は少なくないだろう。だが、歴史として見れば、むしろそこからが面白い。英雄たちが天下を争った時代から、皇帝や重臣たちが国家を内側から奪い合う時代へ。魏では司馬懿ら司馬氏が静かに実権を握り、蜀では姜維が国力差を背負いながら北伐を続けた。創業者を失った国家は、なぜ揺らぎ、誰に奪われていったのか。『地図で学ぶ「深読み世界史」』の著者が、孔明死後の三国志に隠された「組織と権力」のドラマを読み解く。

「孔明が死んだら三国志は終わり?」→むしろそこからが本番だった!Photo: Adobe Stock

 三国志の物語は、諸葛亮が亡くなったあたりから急に駆け足になる。漫画や映像作品でも、赤壁や北伐までは丁寧に描かれるのに、その後は蜀の滅亡、魏の実権を握る司馬氏、晋の成立へと一気に進むことが多い。

 しかし歴史として見ると、むしろこの終盤こそ面白い。なぜなら、ここでは「誰が天下を取るか」という争いから、「できあがった国家を誰が内側から奪うか」という争いへテーマが変わるからだ。

「天下を取る戦い」から「国を内側から奪う戦い」へ

 曹操、劉備、孫権の時代は、新しい政権を作ること自体が目的だった。ところが三国が並び立った後は、戦場で敵国を倒すだけでは足りない。国内の有力者、皇帝、軍人、官僚の関係をどう操るかが重要になる。

 魏では司馬懿、司馬師、司馬昭が次第に政権を掌握し、曹氏の皇帝は残っていても実権は失われていく。国号も皇帝も存在するのに、中身だけが別の一族に置き換わっていく。この怖さは、派手な合戦とは別種のものだ。

曹操、劉備、孫権が死んだ後、国家はどうなるのか

 しかも、この時期は単なる後日談ではない。曹操が作った魏、劉備が作った蜀、孫権が守った呉が、それぞれ「創業者がいなくなった後にどうなるのか」を試される時代でもある。強烈なカリスマが消えた後、制度は残るのか。後継者は国を支えられるのか。家臣は忠誠を保つのか。

 さらに蜀では、諸葛亮亡き後も姜維が北伐を続ける。国力差は明らかなのに、それでも攻めなければ未来がない。勝つ可能性が小さいと分かっていても戦う者、王朝を守る者、逆に王朝を静かに乗っ取ろうとする者。それぞれの思惑が交差する。

 前半が英雄譚だとすれば、後半は組織論と権力論の物語である。孔明の死後を飛ばしてしまうと、三国志が最後に何を描いたのか、その半分を見落としてしまう。