中国を「普通の新興大国」として向き合うと核心を見誤るPhoto:China Pool/gettyimages

 習近平氏は5月に北京でトランプ大統領と向き合った際、ある表現を引用した。両国は「トゥキディデスの罠」を避けられるか、と習氏は問い掛けた。「トゥキディデスの罠」とはハーバード大学の政治学者グレアム・アリソン氏が説いた、新興大国と既存の大国が衝突して戦争に陥る古来の構図のことだ。

 それは優れた指導者らしい、和解的と言ってもよい響きを持っていた。今月、習氏は返礼の訪問で ワシントンを訪れる予定 であり、再びこの表現を使うかもしれない。

 中国政府がこの言葉を使い続けるのは、それが効果的だからだ。その理由を理解するため、私は許成鋼氏に話を聞いた。中国の体制下で暮らした経験を持つ学者である許氏は、2025年の著書「 Institutional Genes(制度の遺伝子) 」で、中国がソビエト共産主義と自国の帝政官僚制をいかに融合させ、改革を拒む全体主義体制を築いたかを追っている。

 許氏の答えは理論そのものから始まる。「トゥキディデスの罠」は魅力的だと許氏は述べた。なぜなら、それは重要な要素をすべて取り除いてしまうからだという。「これは古代ギリシャから借りてきた物語だ。その物語には異なる体制は存在しない――新興の大国と古い大国という2つの大国しかない。中国共産党はこれを好む。なぜなら、自分たちが異なることを人々に知られたくないからだ」

 どのように異なるのか。許氏の人生を懸けた研究は、ワシントンなどで多くの人が軽視してきた違いに基づいている。中国は権威主義ではなく、全体主義なのだという。通常の権威主義国家では、どれほど過酷であっても、教会や寺院、非政府組織など独立した機関が、政治に関わらない限り存続することができる。しかし全体主義を敷く政党はそれを一切許さない。すべての組織は党の統制下に置かれなければならない。

 この違いが重要なのは、それが政策の在り方を左右するからだ。物事を間違った枠に当てはめれば、「政策手段一式を丸ごと間違った形で適用することになる」と許氏は述べた。中国を普通の新興大国と呼べば、 その対外的な拡張 を通常の大国間競争――管理し、均衡させ、勢力圏に分割すべき競争――として扱うことになる。