ADHD(注意欠如多動症)の当事者で、ASD(自閉スペクトラム症)とADHDの2人の娘さんをもつなちゅ。さん。新刊『ADHDの母が伝えたい 生きづらい女の子が覚えておきたいこと』では、子どもから大人まで一生使える具体的な対応策を伝えている。今回のテーマは、雑談と同調。「わかる~」が言えないことで、なぜ消耗してしまうのか。著者に話を聞いた。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局、イラスト/武者小路晶子)

内容がない会話に「本心」で返事をしてしまう
――本書で想定している読者は、コミュニケーションで、どんな困りごとが多いのでしょうか?
なちゅ。:中身のない会話に、意味や本心を求めてしまうことだと思います。
「『◯◯が好き~』と言っているところに『私は嫌い』と言ってくる人、鬱陶しい」。よく聞く話ですよね。私もよくやっていました。
あれが嫌われる理由は、「私たち、同じものが好きだね~」という「敵対していないことの確認」の邪魔になるからなんです。
――「私は嫌い」と言うほうが、正直ではありますよね。
なちゅ。:そうなんです。「私は嫌い」という人の目的は、お互いの好みを知ることなので。自分を知ってほしいし、相手を知りたい。会話の目的が探究なんですね。
どちらのコミュニケーションもおかしくないし、下手でもない。会話の目的が違う。本当に、それだけの話なんです。
雑談は、猿の毛づくろいと同じ
――そもそも、意味のない会話がなぜ必要なのでしょう?
なちゅ。:人間関係は、私たちが思う以上に「安全確認の儀式」で成り立っているからです。
猿が毛づくろいでお互いを確認し合うように、人間は雑談と共感の交換で「敵ではないですよ」を確認し合っている。「◯◯好き~」「私も!」のやりとりは、情報交換ではなく毛づくろいなんです。
だから中身がなくても問題ない。行為そのものが仕事をしているので。
――中身より、やりとりが成立したことが大事だと。
なちゅ。:はい。そしてこの世界には、「自分は多数派である」と感じることが生存戦略になっている人が、たくさんいます。その人たちにとっては、真実よりも、一時的な同調コミュニケーションのほうが大事なんです。
どっちがいいとか悪いとかではなく、持って生まれた感覚が違う。同調で群れを保つ人と、真実を優先する人。両方が混在していることが、人類全体の生存戦略なのだと私は思っています。
なぜ、正しいことを言ったのに嫌われるのか?
――正しさが通らない場面がある、ということでしょうか。
なちゅ。:「同じ空気を読めているか」を最優先で見てくる場が、この世界にはたくさんあります。発言の正しさではなく、空気なんですね。
合理的に考えれば無意味に見える「私も!」が、その場では発言内容より大事な仕事をしている。この構造を知っておくだけで、「なぜ正しいことを言ったのに嫌われるのか」の謎が解けます。
儀式に、本心は要らない
――とはいえ、思ってもいないことを言うのは苦しくないですか。
なちゅ。:同調がしんどいのは、そこに意味や本心を求めるからなんです。
「思ってもいないことを言うのは嘘じゃないか」と考えると苦しくなる。でも、儀式に本心は要りません。「おはよう」に「今朝は本当におはようと思っているか」を問わないのと同じです。
割り切ってしまえば、同調は最強のツールになります。中身がないから、誰でもできて、失敗しようがないので。
――具体的には、どうしていますか。
なちゅ。:3つを心に置いています。
「私も!」ととりあえず言っておく。「◯◯好き~」と言われたら、「わかる~」「いいよね」を返す。あとは、何も言わずにニコニコ黙って聞いておく。
「わかる~」の一言で、安全の確認が済んで、関係の土台ができていきます。意味がないからこそ安全で、安全だからこそ、人間関係の入口になるんです。
なちゅ。
1980年生まれのワーキングマザー。発達障害(ADHD:注意欠如多動症)当事者。中学生と高校生の娘、そして夫も発達障害の特性を強く持つ。長女の発達障害診断をきっかけに、発達障害やそれに関連する分野の独学を開始。以来15年以上、自らの発達障害や子育てについてXを中心に情報発信を行う。仕事でも、障害福祉分野でマネジメント担当をしながら、個人事業主として講師業やスタートアップのサポートに従事。なかでも、自身の経験を活かした発達障害の親子のケアに力を入れている。
[医療監修]
本田秀夫(ほんだ・ひでお)
医師・信州大学医学部教授
1988年東京大学医学部卒。医学博士。専門は発達精神医学。信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 教授。信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部 部長。長野県発達障がい情報・支援センター「といろ」センター長。









