生成AIは、私たちの仕事や暮らしに何をもたらすのか。『概念シフト』の著者・永山晋氏は、供給が一気に増えることで、それまで価値があるとされてきたものの意味が変わる可能性を指摘する。鉄道の普及が初詣という新たな習慣を生んだように、技術は思いがけない「新しい当たり前」を生み出す。佐宗邦威氏との対談から、生成AI時代の価値と習慣の変化を考える。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局・肱岡彩)
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生成AIは「コロナ禍」に似ている
佐宗邦威(以下、佐宗):普通の読者からすると、いま一番気になるのは生成AIだと思うんです。大きな波が来ていますよね。
『概念シフト』では、概念が変わっていくプロセスを4つの段階で説明していますが、生成AIによる変化をそこに当てはめると、僕たちはいまどのあたりにいるのでしょうか。これから何が起ころうとしているのか、永山さんはどう見ていますか。
永山晋(以下、永山):これは本の第9章でも、オフィスワークが生成AIによってどう変わるかという思考実験をしています。ただ、実際にどうなるかは、まったく予想が当たらない可能性もあります。
そのうえで言うと、生成AIは、どちらかというとコロナ禍に似ている気がします。
知らないうちにじわじわ社会を変えていくというより、まず「これは明らかに変わった」と誰もが気づくような大きな変化が起きる。そして、その影響から派生して、今度はゆっくりと、気づかないうちに変わっていくものが出てくる。そんな二段構えの変化が起きるのではないかと思っています。
「供給が増えすぎる」と、これまでの価値が失われる
永山:『概念シフト』の考え方で見ると、変化が起きやすい状況の一つに、需要と供給のバランスが大きく崩れることがあります。
たとえば、供給が突然制限されるケースです。新しい法律や規制ができて、これまで提供されていたものが手に入らなくなる。需要はあるのに供給がないので、人は代替手段を探し始めます。そこから新しい商品やサービスが生まれることがあります。
逆に、供給が一気に増えすぎる場合もあります。とりわけテクノロジーの進化は過剰供給に関係することが多いと思います。こちらでは、それまで価値があると思われていたものが、希少ではなくなることで価値を失っていく。すると、「では次に何を価値とするのか」を探し始めることになります。
生成AIが起こしているのは、まさに後者ではないかと思っています。
音楽も映像も文章も「いくらでもつくれる」時代に、何が価値になるのか
永山:生成AIによって、音楽も映像も文章も、さまざまなものを大量につくれるようになっています。
つまり、これまでは「つくること」自体に価値があったものが、簡単に大量供給されるようになる。その結果、既存の価値が薄れていく可能性があります。
そうなると、単に何かの代替物を探すのではなく、「そもそも何に価値を感じるのか」を新しく考え直すことになるのではないでしょうか。
たとえば、「機械にはつくれない、人間の手触りがあるものに価値が戻る」と考える人もいるでしょう。
一方で、逆の方向もあり得ます。知的な作業の多くをAIが担うようになれば、人間は恋愛や人とのつながりなど、もっと原始的な欲求を重視するようになるかもしれない。
どちらに向かうかは、まだわかりません。
ただ、いずれにしても生成AIによって、僕たちは「新しい価値とは何か」を模索する段階に入っていると思います。
そして、先が読めないからこそ、新しいプレイヤーが「これからは、こっちに価値がある」と指し示すことで、社会の方向はいくらでも変わり得る。いまは、そういう時期なのではないでしょうか。
AIで知的なものが大量生産されるほど、アナログなものが希少になる
佐宗:今の話は、僕が新しく出す『ジャパン・アズ・オンリーワン』(PHP研究所、2026年9月刊)という本ともつながっています。
この本では、日本文化が世界的に注目されているいま、自分たちの足元にある文化の価値を、あらためて見直してみませんか、ということを書いています。
生成AIが広がっていくなかで、僕が注目しているのは、文化の多くが非常にアナログなものだということです。
しかも、担い手が減っているものも多く、供給そのものが少なくなっている。一方で、海外からの関心や需要は高まっています。
そう考えると、これから日本人自身が、そうした希少なものにもっと価値を見出してもいいのではないかと思っています。
これまで日本人は、自分たちの国を「製造業が強い国」といったイメージで捉えることが多かった。でも実は、日本の文化そのものが、世界から見れば非常にユニークな「オンリーワン」の存在として注目されている。
そうした自分たち自身の「日本像」を変えていきたい、というのがこの本を書いた理由の一つです。
生成AIによって知的なものが大量に生み出されていくほど、逆にアナログなものの希少性が高まり、そこにあらためて価値が見出される。僕自身は、そんな流れの一つを「文化」という領域から後押ししたいと思っています。
「日本文化」は、漫画やアニメだけではない
永山:ここで言う「日本文化」とは、具体的にはどんなものを指しているんですか。
佐宗:あえて広く捉えています。
わかりやすいところでは、漫画、アニメ、ゲームといったコンテンツ産業があります。食もそうですし、道具、ファッション、建築、デザインといったクリエイティブな領域も含まれます。
さらに言えば、自然と共生する考え方や、安全性に対する感覚など、生活のベースにある精神性まで含めています。
つまり、いわゆる「伝統文化」だけではなく、僕たちが日々当たり前のように触れている「生活文化」までを、日本文化として捉えています。
海外から日本を訪れる人たちも、東京と京都を見て帰るだけではなくなっています。日本各地にあるコンテンツや、そこに根づくライフスタイル、その背景にある精神性まで深く知ろうとする人が増えている。
だからこそ、僕たち自身も、足元にある生活文化が世界から注目されていることを理解し、その価値をきちんと捉え直す必要があると思っています。
永山:むしろ日本人自身が、よく知らないということもありますよね。
佐宗:そうなんです。あまりにも身近で当たり前だから、価値として言語化すらされていないものがたくさんあります。
「時間の捉え方」にも、概念シフトは起こった
永山:今日の対談前に、ちょうど伊勢神宮について調べていたんです。
「歴史上、最も大きな概念シフトは何だろう」という話をしたときに、友人で、予防医学研究者の石川善樹さんが「大化の改新ではないか」と話していたことがあります。
大化の改新の時期には、日本で最初の元号とされる「大化」が置かれました。石川さんの話では、元号という仕組みが導入されたことで、春夏秋冬が繰り返すような循環的な時間だけでなく、出来事を「いつ起きたのか」と歴史のなかに位置づけていくような時間の捉え方が強まっていく一つの契機だったのではないか、と。
佐宗:循環する時間から、歴史的な時間が加わっていったということですね。
永山:そうです。
さらに江戸時代には、伊勢神宮と関わりの深い「伊勢暦」が広く普及していました。暦というのは、考えてみれば、私たちが一年をどう区切り、時間をどう捉えるかを形づくるものです。
そして明治になると、太陽暦が導入されました。さらに、日曜日を休日とする制度などが取り入れられ、七日を一つの単位とする「週」のリズムも、次第に社会生活のなかに定着していきます。こうした「時間のルール」そのものを組み替えることは、ものすごく大きな概念シフトですよね。
僕たちは、自分でも気づかないうちに、そうやって誰かがつくった新しい仕組みのなかで生活するようになっています。
鉄道ができたから、「初詣」という習慣が生まれた
永山:もっと身近な例では、「初詣」もおもしろいですよね。
いまでは、お正月になれば寺社に初詣に行くのは昔からの伝統のように思えます。でも、現在のように大勢の人が正月に有名な寺社へ出かける習慣が広まった背景には、明治以降の鉄道の発達が深く関係しています。
鉄道のように大勢の人を短時間で運べる交通手段がなければ、正月に多くの人が遠くの神社やお寺へ一斉に出かけることは難しいですよね。
つまり、鉄道という新しいインフラが生まれたことで、人々の行動が変わり、その結果として新しい習慣まで生まれた。
佐宗:なるほど。少なくとも最初から、鉄道をつくる側が「初詣という文化をつくろう」と考えていたわけではない。でも、鉄道が普及した結果、新しい習慣が生まれたわけですね。
永山:そうなんです。
こういうことは、実は社会のなかでいくらでも起きているように思います。でも、いろいろな要因が絡み合って生まれているので、なぜその習慣が生まれたのか、意外とみんな知らない。
生成AIから、まだ名前もない「新しい習慣」が生まれる
佐宗:そう考えると、生成AIが広がることで、これからいろいろな新しい習慣が生まれる可能性もありますね。
いまはまだ名前すらついていないけれど、数十年後には「当たり前」になっている行動が出てくるかもしれない。
永山:そうですね。生成AIだけではなく、自動運転なども同じです。
たとえば自動運転が普及すれば、寝ているあいだに移動することが当たり前になるかもしれない。そうなれば、そこから今は想像もしていない新しい習慣が生まれる可能性があります。
初詣と同じものが生まれるという意味ではありません。大事なのは、新しい技術やインフラが登場したとき、それが単に既存の仕事や商品を置き換えるだけではなく、人々の行動を変え、やがて新しい習慣や「当たり前」まで生み出す可能性があるということです。
「いま起きている変化の先に、どんな新しい当たり前が生まれるのか」。そんなことを頭の片隅に置きながら、身の回りの変化を見てみませんか、というのが『概念シフト』で伝えたかったことの一つですね。
イリノイ工科大学デザイン研究科修了。
P&Gマーケティング部ブランドマネージャーを経て、ソニークリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立上げる。
戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。多くの企業・自治体や組織のイノベーション支援と、企業理念の策定と実装の実績多数。
著書『直感と論理をつなぐ思考法』『理念経営2.0』(ダイヤモンド社)、他多数。







