しかし、福島町で発生した事例はこれらとは少し異なります。福島町では、事故発生の数日前から市街地を徘徊するヒグマが目撃され、ゴミ箱を荒らした痕跡などが見つかっていました。つまり、人がくらす環境やゴミ箱を人の食物が得られる場所として学習した「食物条件付け」が生じた個体によって引き起こされたのではないかと推測されるのです。人の食物に執着するようになったクマが非常に危険であることは、北米の事例などでもよく知られています。

 また、新聞配達員を襲ったヒグマは、4年前に同じ福島町内で別の人身事故を起こしていたこともDNA分析によって明らかになりました。2021年7月に民家近くの森林に隣接した畑で1人で農作業をしていた女性が襲われて死亡した事故でした。この事例には目撃者がおらず、女性が襲われた経緯は明らかになっていないものの、人を襲うことを一度経験していたことが、2025年の新聞配達員を襲った事故につながった可能性も考えられました。

ヒグマに人の食物を
学習させてはいけない

 市街地や住宅街で日常生活を送るうえで、ヒグマの生息地内に入るときと同じように、複数人で活動することや、クマ撃退スプレーなどの装備を必須とするのには無理があるでしょう。ヒグマを市街地や住宅地に侵入させないことがもっとも重要な対策だといえます。

 近年は、ヒグマの個体数の増加や分布拡大によって、生息域が市街地に接する森林にまで広がってきました。そのような場所にメスのヒグマが定着し出産することで、ヒグマが人の存在や市街地などの環境に慣れ、人の食物にも執着しやすくなっていることが推測されます。

 2019年に札幌市で発生した事例では、深夜に市街地を徘徊していたヒグマが、車両やクラクションの音などにも動じなくなり、最終的には明るい時間帯になっても市街地に留まるようになりました。このヒグマによる人身事故の発生はなかったものの、人に慣れた個体が人の食物を学習することで、非常に危険な状況が発生しうることは明らかです。

 森林に隣接した地域では特に、ヒグマを引き寄せる人の食物や食物のにおいがするものの管理をこれまで以上に徹底する必要があると考えられます。電気柵などを用いた家庭菜園などの農作物の被害防除だけでなく、ゴミやペットフードといったにおいを発するものの適切な管理など、地域住民一人ひとりが日常的に取り組んでいくことが重要でしょう。

『クマに出遭ってしまったら?』書影『クマに出遭ってしまったら?』(山崎晃司編著、PHP研究所)

 また、新聞配達員を襲ったヒグマは事故後の数日間のうちに、食料品を扱う大型店舗のゴミ集積倉庫を荒らす被害も引き起こしています。被害があった店舗が設置していたのは、金属製の物置タイプの倉庫で、ある程度は強固な構造でしたが、ヒグマは簡単に扉を破壊していました。ヒグマ生息地近隣の事業者はヒグマ対策を施した、より強固なゴミ集積施設の導入を検討することが必要だといえるでしょう。

 北海道内各地の市町村では、北海道ヒグマ管理計画に記載されているゾーニング管理の取り組みが始まりました。人の生活エリアに近い森林では、ヒグマが活動しづらい環境の整備や捕獲活動が進められています。しかし、ゾーニング管理の効果が現れるまでにはまだ時間がかかると考えられます。当面は、それぞれができる取り組みを確実に実施していくことが求められています。